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稲村月記 vol.30   高瀬がぶん

現場シリーズ・最終回

「強制執行&差し押さえ」

さて、いきなり最終回を迎えた現場シリーズですが、今回は高瀬がぶん宅立ち退き強制執行&差し押さえの現場から、高瀬がぶんがお伝えしたいと思います。
10月1日、水曜日、午前11時半頃でしょうか、奥の寝室で熟睡していたところ、
「たかせさ〜ん、たかせさ〜ん」
という声とともに、複数の人間の足音が聞こえて来ました。その足音は明らかに廊下からで、寝ぼけながらも「あれ玄関の鍵、掛け忘れたかな?」と思ったのですが、ついで、「あっ、そうか、こいつらは裁判所のやつらで、鍵壊して勝手に入って来やがったな」と気づきました。
寝室のカーテンを開け、見知らぬ(当然だけど)男が、
「たかせさん、おやすみのところすみませんが、私、横浜地方裁判所の者です」
といい、私は、
「おいおい、土足のまま上がってきたの?」
「いえいえ、ちゃんと脱いで上がりました」
「あ、そ、で、今日はなんの用?」
「はい、債権者の方からの要求で、本日、強制執行の手続きと差し押さえの手続きをしにやってきたんですが…」
「いま、何時?」
「もう、お昼近いですよ!」
「なに言ってんの、そっちが昼でも、こっちは真夜中ってこともあるだろ」
「昨日、遅かったんですか?」
「うるさいな、ほっといてよ」
「では、手続きとらしていただきますんで…」
「勝手にしろよ、まだよく目が覚めないんで…もうちょっとたったら起きるけど、で、なに、今日立ち退けってこと?」
「いえいえ、そうじゃありません、日にちをおきますんで、その日までに…」
「その日っていつ?」
「それは、いまこれから決めますけど」
…といって廊下でなにやら相談している声が、切れ切れに聞こえてくる。
「10月30日でどうでしょう…半端だから31日ってことに…あ、その日都合悪いんですよ…じゃ11月にしましょ、4日はどうですか?…え〜、午前中ダメですねぇ…じゃ10日は…はいけっこうです、そうしましょう…」
…というわけで、どうやら決まったようだ。
「たかせさ〜ん、執行日、11月10日に決まりましたんで、よろしくお願いします。それじゃあ、差し押さえをいくつかして行きますんで、もし、引っ越す時に必要だなと思ったものがありましたら持っていって下さい」
そろそろ目も覚めてきて、状況もはっきりと分かって来た。いつかやってくるであろうと日が、いまやって来たということだが、彼ら一行が台所をぞろぞろ歩き始めたので、ついに私も起き上がり、デジカメ片手にそちらへ向かった。ついでに自分の分だけのコーヒーを沸かした。少人数なら淹れてやってもいいんだけれど、人数を確認してみると4人もいるもんだから、やめた。
私が質問をする。
「あんた誰?」
「あ、私、本日の執行官の平島です、で、こちらが担当の弁護士さんで、こちらも裁判所の者です」


 
 
執行官の平島氏
中央が名も知らぬ執行官、右が弁護士
「あそ、で、玄関のところに突っ立ってるのは誰?」
「あ、あれは鍵屋さんです。そういう方が必要な場合もありますんで」

 

「なるほど…でさ、差し押さえって、いったい何を差し押さえるの? どれがボクの個人の所有物か分かりもしないのにさ」
「いえいえ、所有権だとかそういう難しいことはいいんです。とにかく、出る時に必要なものは持って行っていただければいいんですから」
「変なの、差し押さえた物を持ち去ってもいいってことなんだ」
「はい」
「じゃ、まあ、勝手に差し押さえてよ」
そういうと、白っぽい上下を着た方の執行官が、
「冷蔵庫、ナショナル製……、電子レンジ、東京ガス製……、米びつ……」
などと、次々に商品名を連呼して行き、平島っていうほうがなにやらメモり始める。
あとで分かったが、平島は品物のひとつひとつに値段をつけているのだった。
とっくの昔に壊れて稼働していない冷蔵庫に5000円という値段がついているのを知ると、なんだかちょっと儲けたような気になったりして、ヤフーオークションより高い、などと納得。
「ところであんたたちさ、写真撮るからよろしく」
そういうと、平島が、
「えっ、ちょっと待ってください。私にも肖像権っていうものがありますから」
「ははは、ねぇよそんなもん」
「ありますって。私の了解を得ずして写真撮ったりしてはいけないんですから」
「そう? じゃあさ、了解すりゃいいじゃん」
「しません」
「あ、そ、分かった。じゃこうしよう、オレは勝手に写真撮るから、それはそれで肖像権侵害かなんかで裁判所に訴えたらいいよ」
「訴えたりしませんけどね…」
「…じゃ撮るから、パチ、パチ、パチ、パチ」
カメラを向けても彼らはニコリともせず(当たり前か)、もくもくと作業を続ける。
弁護士などはもくもくもいいところで、一度として私と目を合せることもないし、話すこともなく、いやむしろ私を避けるように、というか、この人はいないってことにしとこう、というか、押さば引き引かば押すみたいな、まるで私とワルツを踊るように、部屋のあちこちをうろつき回るのだった。

 
 
台所から居間に移り、
「たかせさん、電気つけていいですか?」
「うんいいよ」
「え〜、本棚、いや飾り棚……、パソコン一式、いや二台あります…」
相変わらず作業を続け、
「たかせさん、こっちの部屋はなんですか?」
「なんですかって、部屋です」
「開けていいですか?」
「どうぞ」
「あっ、仏壇がありますけど…」
そういうと平島が、
「あ、いいや仏壇は」
そうやって時間は経っていったのだが、その間、玄関先の鍵屋はずっと同じ姿勢を保ったまま無言で突っ立っているだけなのが笑えた。
そしてそろそろ作業も終わりに近づき、
「じゃ、たかせさん、これとこれ」
そういって、建物明渡催告書と公示書(差し押さえ一覧)を私に手渡した。
私はそれをマグネットで冷蔵庫に止め、

 
 
「はい、じゃあね、もう終わり?」
「たかせさん、こっちの部屋の明かり消しときますか?」
「いいよそのままで、自分で消すから」
「はい、わかりました」
一行は玄関まで行き、そこで、
「あ、それからですね、これですけど、これは本日裁判所から手続きに来たという確認の書類で、立ち会いのところにたかせさんの署名をいただきたいんですが…」
「やだ」
「あ、そうですか、分かりました。それじゃあけっこうですんで」
「うん」
「じゃ、失礼しま〜す」
といって、ぞろぞろと来た連中は、ぞろぞろと帰って行ったのだった。
以上、現場からでした。

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