BOOK.01
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「トンちゃんってそういうネコ」
MAYA・MAXX「マヤマックス」 (角川書店)
| 野良猫チャビが、雨の日に必ず我が家にやってきてごはんを食べるようになったのは、いつからだったのかはっきり覚えていないのだけれど、しばらく顔を見せないなーと心配していたら、天気のいい秋の日の昼間にひょっこり現われた。毛艶が悪いのはいつものと同じだったし、ケンカの傷あとも、しょぼくれたからだつきもやっぱり、少しもの悲しいんだけれど。逞しいけど控えめでとぼけてて、人間にはまねできない自然な孤独を身に付けてるようで、ちょっとうらやましくなった。チャビに会うだけで、わたしは、無性にうれしくなってくるんだけれど、この絵本のトンちゃんに初めて会った時もそうだった。
表紙のトンちゃんの顔は、笑ってたり、怒ってたりとかそういったはっきりとした表情じゃないんだけれど、耳の傾き加減やちらっと横目にしてるような感じは、見てるだけで、気持いい。顔だけとか、おしりだけとかの大胆な構図も、白い紙の上に、太い筆で自由にこすりつけたような子どもの絵みたいなタッチも簡潔な言葉も、とってもいい。 なにより、3本足のトンちゃんは、ただ、3本足というふつうと違う猫だからという事じゃなくて、たぶん、どんな猫もそうなんだけど、どうにもならないことをちっとも気にしてなくて、あるがままに生きている。速く走れなくても、ケンカに勝てなくても、トリをつかまえられなくても、女の子と仲良くなれなくても、雨やひかる水を見たり、日だまりで寝たり、暗いところでジッとしてたり、自分のシッポで遊んだり、本の上に座ったり、顔を洗ったりするのが大好きで、お腹だして満足してるんだもの。 マヤマックスは、[ないものをないと嘆き悲しむより、あるものをあると喜ぼう]ってことをこの本を通してメッセージしたかったと言うんだけれど、この絵本を見たあとに、わたしはなんだか、自分の猫好きの理由がわかったようで、もっと言えば、猫が好きな自分がちょっと誇らしくなったような気がしたんだ。 そんなことを考えながら、ソファでまるまって寝てるタバサを見たら、ふと顔をあげた彼女が、わたしのほうをむいて、眠たそうな目で声も出さずに「にゃお」って鳴いたんだけど、あーやっぱりもう、猫って、ぜったい、私のことわかってるよねってたまらなく愛おしい気持になってくる。 |
BOOK.02
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「シナの五にんきょうだい」
クレール・H・ビショップ ぶん
クルト・ヴィ−ゼ え
かわもとさぶろう やく (瑞雲舎)
| 何度読んでも、とにかく不思議。 無駄のない、どこか怖いような絵、特に海の水を口一杯に含んだ時の一番上のおにいさんの顔が無気味なんだけれど、だいたい登場する5人兄弟の特徴からしてとんでもない。海の水を飲み干す事ができる一番上のにんさん、鉄のように固い首の二番目のにいさん、どこまでも足を伸ばすことができる三番目のにいさん、火をつけられてももえないからだの四番目のにいさん、いつまでも息を止めておくことのできるすえっこ。 一番上のにいさんが、見知らぬ男の子の言うことを聞いてあげて、海の水を飲み干してあげることからお話ははじまって、結局、我慢しきれなくなって海水を吐き出してしまったために男の子が死んじゃって、そのせいで、一番上のにいさんは死刑になってしまう。もっとも、最後は死ななくて、というのも、そっくりな5人兄弟が死刑のたびに入れ代わってその特徴をいかして命拾いをするという話なんだけれど、無理矢理つじつまをあわせるために展開されてるところとか、はなからつじつまなんて関係ないみたいなところとか疑問だらけのへんてこで、ちょっと残酷な話の筋。こういう、よく考えてみると訳がわからなくなるようなものに、こどもはなぜか惹かれるようだ。 それにしても、はっきりと異国の感じがする欧米の絵本と違って、中国や韓国のものは、大概、日本と似てるのに、なにか絶対的に受け入れがたい感じがあって、それは風習や習慣の一部分だったり、ちょっとした人間関係だったり、悲しい場面とか嬉しい場面とかの感情移入する部分とか、些細な所でいろいろあるんだけれど、なんだか、どうも心にひっかかるのだ。逆に今や、欧米の絵本のほうが感覚的にはすんなりとわかりやすくなっているのかもしれない。 実はこの絵本、遠い昔に読んだ記憶があって、なぜか、妙に忘れられない話で、何気なくさがしていたんだけれどみつからず、やっと、手にいれたのが数年前だった。どうやら長いこと絶版になっていたそうなのだが、その理由が「シナ」という言葉のもつ差別性にあると言う。絵本の最後にただし書きをつけることで解決したのか、内容はむかしのまま。大人になって読んでもその不可思議さは変わらない。というか、たぶん、今のほうが気にかかる部分がはっきりしていて(ひどく気になるのが、かまどの中のあわたてたたまごの白身のなかにつめこまれて窒息させられるところ、ね、変でしょ)すごく好きな訳じゃないのだけれど、その変な感じを確かめたくなるのか、ときどき読みたくなってしまう。 |
BOOK.03
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「3びきのかわいいオオカミ」
ユージーン・トリビザス 文
ヘレン・オクセンバリ− 絵
こだまともこ 訳 (冨山房)
| 絵本を読んでいると、どういうわけか、ふと小さい頃の自分の映像が浮んでくる時がある。
「三匹のこぶた」は、理由がはっきりしている。実際、4,5才くらいのわたしがソファの上に座って、絵本を読んでいる写真まで残っているので、そのせいもあるのかもしれない。わたしの足の先には薪ストーブがあり、その上に鉄瓶が置いてあるのが映ってて、実はこの写真をとった直後、はしゃいでいたわたしは鉄瓶を蹴ってしまい、大騒ぎになったのだ。幸い、鉄瓶の中のお湯があまり熱くなっていなかったので、そうひどい火傷にはならなかった、もちろん跡も残っていない。それでも、足全体にお湯がかかってしまった。どんな処置をしたかなどは忘れたけれど、いつのまにか泣きつかれて眠ってしまったと思う。気付いた時にわたしの下半身は、アイロン台のようなもので囲われていた。直接蒲団があたると痛がったからなのかもしれない。その目覚めた時のいやな気持はよく覚えていて、今でも、部屋の明るさやら湿度までが蘇ってくる。何日間か痛くて、それまで経験したことのある転んですりむいたり、ぶつけたりする痛みとは雲泥の差で、ひどく不快なものだったのだ。 その後わたしは、「三匹のこぶた」がだいきらいになった。最後の大鍋の中に狼が落ちてくる場面など、震えちゃう程いやだった。いまでも、やっぱり、どんなひどいことしたって、煮立ったお湯で殺される狼はかわいそうだと同情してしまう。その上、あのこぶたたち自身もあまり好きではない。幼児向けに簡略化されていないイギリスの昔話を読んでみると、ドン臭すぎるおにいさんぶたに比べ、末っ子のこぶたは、かぶ畑やりんご畑に行く時間をずらして教えたり、バターつくり用の樽に入ってころがって、オオカミをやりこめたりして、けっこう狡猾だ。弱そうに見せてるのにほんとは頑固で強情な人や、慇懃無礼な人が苦手なせいかもしれないけれど、最初から、ひどーくワルなほうがおちゃめでわかりやすい。だから、ジェン・シェスカの「三びきのコブタのほんとうのはなし(ジェン・シェスカ文・レイン・スミス絵)」や、この「3びきのかわいいオオカミ」を読んだ時には、思わず笑ってしまった。 題名で想像できるように、有名な昔話「三びきのこぶた」のリメイク版のようなもの。つまり、まったく逆転の構図になっていて、悪がぶたで、善がオオカミ。三びきのオオカミが自分たちの家をつくるところからお話ははじまるんだけれど、その時にオオカミのかあさんはおきまりの言葉でこども達を送りだす。「くれぐれもわるいおおぶたには気をつけるんですよ」ここまでは同じだ。 しかし、その後登場するおおぶたの所業はとんでもなくて、想像以上にガラが悪い。それにひきかえ、オオカミのほうは愛らしくて気弱で、しかも、最後まで善良だ。ヘレン・オクセンバリ−の絵は、細かいところまでユーモアが効いていて、オオカミの家を電気ドリルやハンマーでたたきこわすブタの顔つきやら、鉄条網をのぼるブタの格好など、どんなにひどいことをしていても憎めないほど、絶妙なかわいらしさなのだ。脇役のカンガルー、サイ、ビーバー達もユーモラス。 ラストは、おおぶたが改心してしまい、なーんだ、とあっけないほどの展開なんだけれど、正直ちょっとほっとするし、タンバリンをもって踊るおおぶたの姿には優しい気持さえ湧いてくる。 粗筋だけを話してしまうと、けっこう、ステレオタイプで、しかも教育的なくさい話にも聞こえてくるんだけれど、そういった話がだいきらいな中学年の男の子たちにも、おおうけの本なのだ。 |
| そっくりー、ほんとに、k先生にうりふたつ。 この「まさ夢いちじく」の表紙のムッシュウ・ビボットはおそろしくやかましやで意地悪、そこが似てるわけじゃない、たぶん、そんなことはないと思うんだけれど、実際顔がそっくりだと、なんだか、中味まで似ているような気がしてしまう。k先生とは今の6年の担任の男の先生、おとなしくて、紳士的な印象で、ただ、生徒たちからはどうも敬遠されているらしく、これと言った理由はないという事なのだが。そういえば、去年6年だった長女からも聞いたことあったっけ。 そんな訳で、他の学年より、少し遅れて11月からはじまった6年生の朝の読み聞かせの候補にあがったこの絵本に対して、6年のあるおかあさんから、「いくら絵本でも、こういうマイナスイメージのキャラクターに似てると、ますます嫌われる原因になるかもしれないからやめたほうがいいんじゃないかな」という意見が出された。 6年にもなると、かなり、みんな大人びてくる。個人差はあるものの、まず、目つきが違ってくる。それまで、にこっと笑いかけてくれていた顔見知りの子でも、何気なく知らないふりをしたりして、目をあわさなくなってくる時期である。実際の読み聞かせでも、態度はけっして悪くはない。みな一様に行儀よく、低中学年に比べ、あからさまに話したり、無論、騒いだりも決してしないのだが、そのかわり、笑いもしない、質問しても、反応せずに様子をうかがう子も増えてくる。だから、読む方もなんとなく緊張気味、絵本選びは慎重にしなくっちゃね、と、言い合ってる時だったので、なおさら、神経質になってしまったのかもしれない。 それにしても、オールスバーグの本は魅力的だ。 独特なセピア色の落ち着いた色調も、大胆なアングルも、それに、なんといっても、日常のはしっこから一転して見知らぬ世界に連れていかれるような幻想的なトリックは、特に本を閉じた後に頭の中に広がり、再度、話の筋に思いを馳せてしまう。「ベンの見た夢」は、買ったその日に、こどもにせがまれて8回読まされた。 ところで、この話、歯医者であるムッシュウ・ビボットが、お金を持っていないおばあさんから治療代のかわりにいちじくを差し出される。その時にはかんかんに怒って、薬も出さず嫌味たっぷりに追い返すビボットだったが、実はそれは、夢を現実にかえてくれるいちじくで、ビボットはおおよろこび、ところが、最後のいちじくを飼い犬に食べられていまい、、、えっ、とどきりとする結末。 で、結局読み聞かせでは、この本、読んだのです。話し合いの最中に何気なく聞いていた中1の長女が 「絵本の主人公に似てるくらいで、これ以上嫌われることはないと思うよ、逆に人気でるかも。それに、k先生のこと、今考えると、どうして、みんなで嫌がったんだろう?って思うんだ。けっこういい先生だったかもしれない。こないだ、先生がジャズのバンドやってるところ見たんだけど、すごいんだよ、いい感じだったんだよね」と言ったひとことで決まった。それにしても、中学から吹奏楽部に入ったせいなのか、なにか、感じるものがあったのか、長女の先生に対する尊敬の眼差しのこもった言葉に、実感。大人があーだこーだ考えてる間に、こどもは成長するのね。 |
| 何気ないことで、同じ気持になれるって、とっても心地いい、そのことが恐ろしいことでも、悲しいことでも、まして楽しいことならなおさら、そして、それが些細なことであればあるほどなおのこと。
「ふたりはいっしょ」にでてくるがまくんとかえるくんの関係に、心底あこがれる。ローベルのこのシリーズに出てくるいくつもの小さなお話には、わたしが大切に思っているすべてがつまっていて、それらは、ほんとに何気ない些細なことだ。 この本は、ゴフスタインの「ブルッキーのひつじ」とともに、わたしの最も愛する絵本なんだけれど、がまくんとかえるくんふたりのゆるやかな日常のひとこまに、いつも一緒にいたいと願うほどだ。 かつて、何よりも大切に思っていた人に「わたしのこと一番好き?」と聞いたことがある。今思えば、聞く方も聞く方なのだが、それは、何年もつきあってお互いの関係がマンネリ化してきた時で、どこかおかしいと感じていたせいだったのかもしれない、それでも、きっと「うん、そうだよ」と答えてくれると信じていたと思う。しかし、その人は「一番好きっていう意味が、今のぼくにはわからない」とそっけない答えを返してきた。思いも寄らない答えに動揺して返す言葉がみつからずにいたわたしに、彼は笑みを浮かべてあっけらかんと「この先、もっと好きな人ができるかもしれないしね」と付け加えた。その時、わたしは、なんだよー!と怒ったか、なんでなの?と泣き崩れたか、ふん!と口を聞かなくなったのか、はっきりと覚えてはいない。もちろん、原因はそれだけではないけれど、結局、ふたりの関係はこわれてしまった。 「ふたりはきょうも」の中に、「ひとりきり」というお話がある。ある日、がまくんがかえるくんのうちにいくと、ドアに書き付けが貼ってあって、それには「しんあいなるがまくん、ぼくはいません。でかけています。ひとりきりになりたいのです」と書いてある。がまくんはあせって、探してまわるんだけれど、どこにもいなくてやっと、川の中のしまにひとりきりですわっているかえるくんを見つける。 がまくんはかえるくんが悩んでいるんだと思い、元気づけようとするんだけれど、そのうち、もしかすると、ぼくと友達でいたくないのかもしれないと思い始める。 でも、かえるくんはがまくんに「ぼくはうれしいんだよ。とてもうれしいんだ。けさ、めをさますと、おひさまがてっていて、いいきもちだった。じぶんが1ぴきのかえるだということがいいきもちだった。そして、きみというともだちがいてね、それをおもっていいきもちだった。それで、ひとりきりになりたかったんだよ。なんで、なにもかもみんなこんなにすばらしいのか そのことをかんがえてみたかったんだよ」と言う。がまくんは、「ああ、そうだったのか、それなら、やっぱりひとりきりになりたいよね」とうなづく。「でも、いまは、きみがいてくれてうれしいよ。さあ、ごはんをたべよう」とかえるくんは言って、ふたりはその日の午後を一緒に過ごす、というお話。 ふたりとも、いつも無理なことはしない。思い違いに気付いても、互いの未熟さで関係がぎくしゃくしても、むりやり相手の心を動かそうともしないけれど、見て見ぬふりもしないで、ありのままの自分を表現する。だからと言って、なにもかもあからさまにするわけでもない。彼等の親切は、時々見当違いに不器用なこともあるけれど、だからこそ心に滲みる。それぞれの心の有り様がどんなに違っていても、今という時間をいつも一緒に生きている。そして、それも大層なことじゃない。同じごはんを食べることだったり、一緒に眠ることだったり、並んで歩いたりすること。 かつてのわたしががまくんだったら、彼がかえるくんだったら、別れたりもしてないと思うけれど、もちろん、ほんとにそうだったら、恋愛の醍醐味も味わうこともなくて、それはつまらない。だけど、少なくとも、これからは、がまくんとかえるくんみたいに生きていけたらいいなと思う。あー、つまり年ってことかもね?でも、もうそのほうがいいです。 |
| ひそかに楽しんでいたこと、人に言うほどのことじゃなかったり、人には言えないことだったり、今ではもうあまりにたいしたことじゃなくて、だいたい忘れてしまっているけれど、レナレナを見ると、急に懐かしく、こどもの頃の発見や発想やそれに伴う気持を思い出したりする。
たとえば、赤いサングラスをかけて、いろんなものを見ること、「なにもかもすべてが赤く見える。レナレナはびっくりして、自分のからだをながめる。赤いおへそと、赤い毛がはえている赤いひざが見える。まるで、だれかべつの人のひざのようだ!」とか、ゆでたまごのこと、「タマゴというのは、なにかとくべつなものだから。タマゴは白くてすべすべできちんとしている。レナレナはタマゴをこわさないように、そうっと、口にいれる。タマゴはきっちりはいる。かがみをのぞくと、レナレナはどうしてもわらってしまう。口を大きくあける。あんなにきれいで、ちゃんとしていたタマゴはぐちゃぐちゃだ」とか、チョコレートのつぶのこと、「レナレナはチョコレートのつぶをひとはこぜんぶ、パンにかけてしまった。あまいツブツブの山をひとなめするたびに、レナレナは自分のツブだらけのしたをながめる。まるで、はりねずみのようだ。急にレナレナは、少し気持ちがわるくなる」とか。 そして、とこやさんごっこのこと、「およいだあと、ふたりはこうらぼしをする。レナレナは草と小石とニ本の小枝をミ−のせなかにのせる。ふんわりとやったので、ミ−は気持ちがいい。レナレナはミ−のおしりに、小枝をそうっとたてる」 小学校のころ、4年生のころかな、いとこでひとつ年下のあーちゃんという女の子と、旅館をやってたおばあちゃんの家で遊んでた時、いきなり、あーちゃんが「ねえ、おっぱいみせて」と言ったことがあった。あーちゃんは気が強くて、おねえちゃんのそのちゃんに比べると、すごくわがままで、でも、そのかわり、抜群に頭の回転が速くて、年下なのに、会う時にはいつも、わたしは子分のようにくっついて遊んでいた。年の離れたそのちゃんは美人で優しくて、絶対変なことはしないので、そういうことがわかっている母などは、何気なくではあるけれど、そのちゃんも一緒に遊ぶようにしむけているようなところがあって、あーちゃんとふたりきりだとなにが起こるかわからないと心配してるような感じが、こどもながら薄々感じていたくらい。 だから、ふたりっきりで、そんなことを言われたわたしは、ちょっと怖かったし、どうしようと思ったんだけれど、言うことを聞かないと機嫌が悪くなるかもしれないと思って、仕方なく、服をあげて、おっぱいを出した。もちろん、おっぱいという名にふさわしいほどの代物じゃなかったけれど、すると、あーちゃんはいきなり、顔を近付けて、あろうことか、わたしの小さな乳首をガブリと噛んだのだ。すごく痛かったことは、よく覚えていて、そのあと、理由なんて聞けなかったし、怒ったり泣いたりもできなかった。もちろん誰にも言わなかった。それに、あーちゃんには悪びれた様子がちっともなかったこともはっきりと覚えている。それにしても、ほんとうに、なんでそんなことしたのか、ずうっと謎だったんだけれど。 レナレナを読んだ時、ひさしぶりにあーちゃんとの乳首ガブリ事件のことを思い出した。もしかすると、あーちゃんは、おしりに小枝をたてるレナレナの気分だったのかもしれないな。 |
| なんてかわいいんだろうと思ってた絵本のことを、ここで書こうとして、テーブルの上に置いておいたら,遊びにきた友達が表紙を見て「うわー、気持悪い」と言った。その絵本は「トマトさん」(福音館書店)というタイトルで、作者は田中清代さん。田中清代さんのことを、わたしは随分前から、清代ちゃんと呼んでいて、と言うと、知合いかなって思うかもしれないけれど、知合いどころか、顔も年令も、わたしは知らない。でもね、彼女の絵をはじめてみた時から、清代ちゃんのことを、「絶対元気な女子だ!」と直感して、なんか、そう呼びたくなったんだよね。とりわけ、「トマトさん」の絵は、大胆で自由で、友達が気持悪いと言った表紙のトマトさんの顔は、もうやっぱり、気持悪いと言った友達の気持もよくわかる程、ものすごく印象的。それに、虹色の浮き輪をつけたとかげとか、ぷるぷるした水しぶきなんか、ぞくぞくするくらい生きてる感じがする。トマトさんのささやかな悩みや涙とか、ふーとひと安心の気持よさとか、見てる方は、一緒になって感じたりするのに、読み終わると、悪いけど、そのトマトさんがすごくおいしそうで、つい食べたくなってしまう。
ところで、ひところ、よく、「むかしのトマトはおいしかったよね」とか言って、ほんとに、味もそっけもないトマトしか売ってなかったけど、ここ数年で、いろんなトマトが売られるようになったよね。去年、1個580円のトマトが売っていて、どうしようか迷ったんだけど、メロンでも買うような気持で思いきって買って、家で食べたら、これが甘いのなんのって、もうトマトって呼ぶようなものじゃなかった。やっぱり、むかし、畑で食べたほんもののトマトが食べたいな。わたしはちょっと青くて固くて、ヘタのあたりから強烈にトマトくさい匂いがするのが好き。 そういえば、清代ちゃんだけじゃなくて、このごろ、絵本の書き手が「これは絶対元気な女の子だぞ」って思えるものが増えてきたような気がする。
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BOOK.08
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「はがぬけたらどうするの?」(フレーベル館)
セルビー・ビーラー文
ブライアン・カラス絵
こだまともこ訳
| トゥースキーパーやトゥースボックスって、ヨーロッパの雑貨屋さんとかではよくみかけるのに、日本では、あんまりなじみがないよね。名前さえ聞いたことがない人もいると思うんだけれど、それは抜けた乳歯を入れておく容器のこと。まあ、こどもの成長の記念にとっておくということだと思うんだけれど。小さなテディベアやお人形が蓋についたものとか、銀や錫に細かい細工を施したちょっと高級っぽいものなど、いろいろあって値段も手頃なので、コレクションする人もけっこういるみたい。わたしは長女が生まれる前だけど、ロンドンにいる時、あまりにかわいいので木製の妖精がついたトゥースキーパーを買った。その時は、歯を入れておくなんて思いもよらず、あとで、箱書きの文字を見て、なーんだ、そうだったの!と気がついた。 今その中には、長女の乳歯が12本と、猫のライムの乳歯が1本入っている。ライムのは、彼のベッド(と言っても、ただ単に、古いバスタオルがしいてある場所のことなんだけれど)に、偶然落ちているのをみつけてとっておいたもので、その後も、また落ちていないかなーと、毎日、目を凝らして見ていたんだけれど、猫の抜けた乳歯をみつけたのは、これ一本きり、タバサもいつのまにやら、はえかわっちゃっていた。ライムの乳歯は長さが5ミリくらいで細くてとんがってて、なんかちょっと釣り針みたいで、かっこいい。 人間のこどもの場合、知らないうちにはえかわっていたなんてことは、そんなにないけれど、次女の上の前歯二本は、わたしの知らないうちに、抜けていた。と言うより、抜いてもらっていたというのが正しいのかな、あれは、幼稚園の年長6才の時、歯科検診で、奥歯に要注意歯があったので、こども専門の歯医者さんに行った時だった。物怖じしないタイプの次女は、他の幼稚園生がわんわん泣いているのを尻目に、「ひとりでも大丈夫だからね」とニコニコ顔で診察室に入っていった。それで、出てきた時には、前歯二本がなかった。もちろん泣いたりもしていなかったんだけど、麻酔がかかっていてよくしゃべれないので、かわりに歯医者さんが説明してくれた。「奥歯は虫歯止めを塗っておいたので大丈夫です。それから、、前歯二本ぐらぐらしているので、抜いちゃってくださいと、本人が言うので、調べましたら、もうすでに下のほうから、大人の歯もはえてきているようなので抜きました。普通はいっぺんに二本に抜いたりはしないんですけど、本人がどうしてもと言うものですから。それにしても、こんなに平気な子は滅多にいませんよね」みたいなことを言っていた。それで、次女は、抜いた歯を大事に持ち帰った。どうやら、次女にしてみると、3才上の長女のトゥースキーパーにいっぱい入った歯がうらやましくてたまらなかったらしかった。その後、抜けそうだなと思うやいなや、すぐにかたかた動かして、あっという間に抜いてしまう次女、長女はぐらぐらしてから大人の歯が横から見えてきて、もう、ほとんどとれかかって、皮一枚でつながっているような感じなので、「邪魔そうだから、いいかげんにとっちゃったらー」と言っても、「まだまだ」と、自然にぽ ろりととれるまで放っておく、姉妹でも随分違うものだ。それにしても、抜けそうな歯を見ていると、そのころの自分のむずむずするような歯の感触というか、舌触りみたいなものまで、ふわーと思い出しちゃうのよね。なんかすごくうきうきする感じで、ついこどものぐらぐらの歯を触って抜いてしまいたい衝動にかられちゃうの、次女はわたしに似たんだ、きっと。そういえば、かさぶたもそう、むくの大好き。家の本棚には、歯にまつわる絵本が数冊ある。次女が欲しがった本ばかりで「はが ぬけたとき こうさぎは・・・」「トゥースフェアリー」「むし歯の問題」「歯がぬけた」「ロージー、はがぬける」「はがぬけたらどうするの?」、このほとんどが抜けたあとの歯をどうするかというお話。 わたしがこどものころは、歯をとっておくなんてことはしなかった、まして、歯を枕元においておくと、歯の妖精さんがやってきて、コインをおいていってくれたり、抜けた歯でペンダントを作っておいてくれたりなんて、聞いたこともなかったから。たいてい、抜けた歯は、その日のうちに、上の歯なら家の床下にむかって、下の歯なら、屋根にむかって、何か、わらべ歌みたいな呪文みたいなことを言って、投げたものだった。このわらべ歌みたいな、呪文みたいなというのは、ちゃんと口ずさんでいた記憶があるんだけれど、思い出せない。ただ、丈夫な歯がまっすぐに生えてきてくださいとねずみにお願いするような歌だった気がする。 トゥースキーパーの中の歯の本数は、長女に比べて、次女が極端に少ない。それは、その箱をしょっちゅうながめてるうちに、何度もこぼして、そのたびにちょっとずつ、減っていったのと、絵本にあるように、寝る時に枕元に手紙と一緒において、妖精(わたしだけど)にコインとかえてもらったり、ペンダントにしてもらったり、外に投げてみたりと、いろいろやってみたせいだ。 ところで、「はがぬけたらどうするの?」は、比較的最近買った本なのだが、抜けたあとの歯をどうするかと言う事について、世界中の64の地域から集めた66の言い伝えや、迷信、風習などが書かれた本だ。著者のセルビー・ビーラーはこの調査のために何年もかけて世界中を回ったそうだが、アメリカ先住民イエローナイフ・デネや、グルジアやモルドバのように、名前もあまり聞かないような国まで網羅していて、大人が読んでもなかなか興味深い。 アメリカやイギリスだけでなく、世界中のいろんな地域で多く伝えられているのが、枕元においておくと、妖精やねずみがコインに換えてくれる、「新しい歯をもってきて」と言って、外で投げると、うさぎ、ねずみ、リス、カラスが持っていってくれて、あとで、丈夫な歯がはえてくる、とういもの。ねずみがかかわる話が多いのは、やはり歯が丈夫というイメージが強いせいなのかな、国によって、このねずみに名前がついている。メキシコ、グァテマラは「エル・ラトン」、アルゼンチンは「エル・ラトンシート」、コロンビアは「エル・ラトン・ミゲリート」、フランスは「ル・プチ・スーリ」、スペインが「ラトンシート・ペレス」だって。 ジャマイカでは、怖い牛が夜中に歯を盗みに来るから、来ないように、歯を缶の中に入れて一生懸命振って音を出さなければならないとか、アフリカのベナンでは、抜けた歯をとかげにみつかったら、新しい歯がはえてこないとか、アメリカ先住民ユピークでは、抜けた歯を肉やパンの中に埋め込んでメスの犬に食べさせて「もっといい歯にかえてくれ」って言ったり、ちょっとユニークな話もいっぱいで、中でも一番わたしが気に入ってるのはモロッコの迷信。日の出の頃に、「ロバの歯あげるから、ガゼルの歯とかえてください」と言って、朝日に向かって抜けた歯を投げないとロバの歯がはえてくるというもの。なんか、こわいでしょ。次女がもっと小さい時にこれ読んでたら、きっと、朝早くおきてやってたと思う。 |
BOOK.09
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「もっちゃう もっちゃう もうもっちゃう」
土屋富士夫 作・絵 (徳間書店)
| 主人公のひでくんが、デパートでトイレに行きたくなって、まずはじめに、受け付けのお姉さんに「トイレはどこですか?」って、聞くところから話が始まる。教えられたトイレに行くと、そこは工事中で使えない、で、別のトイレに行くんだけど、便器が大きすぎてできなかったり、変な形で使えなかったり、デパートの店員に「ラッキーお客さま」に選ばれて、ひきとめられたりしちゃって、もっちゃう、もっちゃう、もうもっちゃうーーって話。読んでるうちにこっちまでしたくなってきちゃう。 最後に、妹と争って、やっと、トイレでおしっこして、あーすっきり!って思って、ふと、ひでくんは考えるんだよね。あれ、ぼくには妹なんていなかったはずだって。 こういう夢ってきっと、どんな人も一度や二度、子どもの頃に見たんじゃないだろうか。それで、たいてい、あ?すっきりってところで、いやーな現実の感覚がじわじわとおそってきて、それまで、おしっこがしたくてたまらなくて、いざしようとするんだけれど、そこら中、虫だらけだったり、真っ暗で怖くてできないとか、いろいろな事情が、これでもか、これでもか、と出てきて、我慢してたのが実は夢だったということに気付くんだよね。それに、そういう時に、たいてい海に飛び込んでしまったり、水がいっぱい入ったバケツにつまづいたりとか、なにか、水に関係したものが最後に脈絡もなく出て来たりして、水浸しのところだけが、本当のことだったって理解するまでに、けっこう時間がかかって、ふとんの上で、ポカンとしてたりする。 わたしはこの絵本を読んだ時に、ものすごく鮮明に中学の時のことを思い出したの。 あれは、中2の二月、昼休みに、ちょうどトイレに行こうとした時のこと。トイレは、職員室の並びにあって、入ろうとしたその瞬間に職員室から担任の先生が顔を出して「おーい、そこにいたのか、ちょっと来い!」ってわたしを呼んだのね。「なんの用だろう、きっと、たいしたことじゃないから、そう長くかからないだろうな」と思って、ほんとは、けっこう我慢してたから、トイレに行ってしまいたかったんだけど、、しょうがないので、まず職員室に行くことにした。 担任の先生の机の前に行くと、そこには、同じクラスで次期生徒会の会長の菅原君も呼ばれていたのね。菅原君はハンサムで勉強ができて、物静かだけど、おもしろいって感じで、けっこう人気者の男の子だった。先生は初老の男の先生で、、国語が専門だったこともあって、話がやたらと長い先生だったのね。 その時は、なんだか、本題に入るまでにかなりもったいぶってて、結局、その菅原君とわたしが、卒業式で送辞を読むということだったんだけれど、全校生徒が1300名以上もいたので、その前で、緊張しないで読むコツとか、そんなことまで、丁寧に教えてくれたり、わたしには、中3の兄がいたので、その兄の話とか、世間話のようなことをぺらぺら話すの。それも、もう終わるかな、というところで、「あーそういえば、、」みたいな感じで話を続けるので、「トイレに行きたいんですけど、、」というのを完全に言いそびれてしまっていたのね。ここまで書いて、ほんとに、その時のことを、身体中で思い出しちゃうんだけど、そこでどうしたと思う? どうしたというか、どうなったというか、わたしは、結局、そこで、おしっこをしちゃったのです。ほんとに悪夢のようだけど、もう、一歩も動けなくなって、思わず、じゃーーっと出ちゃったの。それで、もう、出ちゃった時には、しょうがない、 最後までしちゃえ!って感じで全部出しきって、すっきり。これが絵本だったら、そこで目が覚めて「きゃー」ってわけなんだけどこれは正真正銘ほんとのことで、いまだに自分でも信じられないんだけど、その時のわたしはけっこう恥ずかしがることもなく、「先生、どうしよう」って言ったんだよね。そうしたら、先生は「ここは、大丈夫だから、このまま、すぐに家に帰っていいから」と言うので、「はい、わかりました」と言って、ぬれた上履きのまま、走って家に帰ったの。外は雪道だったので、つるつるすべって転びそうになりながら帰ったのも、よく憶えている。 母はすごく驚いてて「ほんとに、ほんとに、ほんとに、職員室でおしっこしちゃったのー?」って言いながら、ものすごく、笑い転げてました。それで、わたしは、ジャージに着替え、何食わぬ顔で、また学校に戻り、授業を受けたんだけど、えらいのは、菅原君で絶対にその話を誰にもしゃべらなかったってこと。そういえば、先生もなんにも言わなかった。わたしも当然なんにも言わなくて、そうすると、なんだか、なにもなかったかのような感じで、その後も、ずっと全然平気で気にしたこともないのは、今考えるとちょっと不思議だけど。そういえば、菅原君とは、そのあと、高3までずっと同じクラスで、けっこう仲良しだったけど、ほんとに、なんにも言わなかった。 それにしても、こういうことって、なかなかないことなんじゃないだろうか。 ためしに、娘たちに話してみたら、「一生に一度くらいしかないことだと思う」「でも、出ちゃったら、しょうがないからそこで最後まで出しちゃうしかないよね」と、けっこう、あっけらかんとしてて、でも、もし、中2の長女が今、そんなことして学校から帰ってきたら、同じ経験をしてるわたしでも、やっぱり、かなり驚くだろうな。ま、その前に、「遺伝ってすごいな」って感心するかもしれないけど。 |
| 唐突だけど、わたしの子ども時代というのは、昭和30年代後半と40年代で、当時の見せ物小屋って、かなり怖かった。そういう小屋は、秋祭りなどのいつもとは違う状況で、いきなり、町外れに現れた。親に、絶対入っちゃいけないと言われていたから、中に入ったことは一度もない。だから実際に、子どもの頃に、中の様子を見たことはないんだけれど、血の色とかが妙に生々しく描かれた看板とか、夕暮れ時の小屋のまわりの景色や空気とかまでもが、ほんとに怖かった。 大人から、そんなもの全部いんちきなんだよとか、いくら言われていても、犬に育てられた少女とか、頭が三つもある珍獣、からだがヘビで顔が人間のヘビ女とかでも、もしかすると、ほんとにいるのかもしれないと考えたり、想像してたものだった。 別冊太陽の日本のこころ「見せ物はおもしろい」の特集号で幕末の「駱駝(らくだ)の見せ物」の浮世絵を見たんだけれど、この絵がまたなんともへんちくりんで、すごいのひとこと。機会があったら見て下さい。そのころ、駱駝だけじゃなくて、豹やトラ、象、やまあらしなども、見せ物として海を渡ってやってきて、大人気だったそうだけれど、想像してみても、その当時の日本人にとっては、かなりショックに違いない。今なら、いくら珍しい動物でも、テレビや写真などで、だいたいは知っているから、そんなに驚かないけれど、なんの予備知識もなく、いきなり実物の駱駝とか象を見たら、形はもちろん大きさだけでも、ほんとに驚いちゃうよね。 そういえば、はじめて実物のサイを見た時、びっくりした。もちろん、サイの姿を知らなかったわけじゃない。でも、柵越しだけど、こっちにむかって猛烈な勢いで走ってきたあの姿の恐怖は忘れられない。あの正面顔と、走ってる時のぼこぼこした肉体が強烈だった(サイ君、失礼!)。もちろん、見せ物小屋じゃなくて動物園。考えて みると、動物園っていうのも、いかがわしさはあんまりないけど、結局、見せ物小屋だよね。 幕末から明治時代にかけては見せ物が最高の娯楽として盛り上がってたらしい。曲芸や、珍しい動物、顔だけ人間(これは中国、上海あたりでも「野人の頭」とか言って、けっこう有名な興業らしい)のようなインチキっぽいしかけものは、ちょっと聞いたことはあるけれど、全くの初耳だったのが、籠細工の見せ物。こういう細工見せ物っていうのは、近世後期の興業の半分以上を占める見せ物の中心だったんだって。籠細工というのは、歴史上の人物や、赤鬼や獅子などを籠仕立てで編んで作るのだけれど、その大きさは数メートルから数十メートルくらいもある巨大なもの。大阪の一田庄七郎がつくった釈迦涅槃像は29メートルもあったそうです。もちろん、実物で現存してるものはないから、絵でしか見ることができないけど、歌舞伎などでも、籠細工の中から、役者がでてくる仕掛けになったものなどがあったり、式亭三馬や、曲亭馬琴の噺本の中にも籠細工を素材にしたものは、けっこう多く出てくるそう。 大人になってから、府中のお祭りで見せ物小屋に入ったことがある。これはわたしにとって、はじめてのこと。その時の出し物は、ヘビを鼻から入れて口から出す女の人、大きな水槽に入っている河童、半分が男で半分が女の形をした珍獣のミイラ、犬の貫一お宮のお芝居。入り口で口上してたおばさんが、ヘビを口から出してたし、河童もたぶん、そのおばさんだし、だって、最後に貫一役の犬を棒でつついていたのは、髪の毛の濡れたそのおばさんだったもの。かなり、いい加減だけど、やっぱり、怖かった。 そういえば、昔のサーカスっていうのも、今よりずっと、いかがわしい雰囲気だった。 誘拐されたら、サーカスに売られちゃうとか、そんな言い回しって、けっこう普通に聞いた覚えがあるもの。近ごろの、幻想的な舞台みたいにおおがかりなサーカスには、そんな雰囲気はこれっぽちもない感じでちょっと寂しいくらいだけどね。宮沢賢治の「黄いろのトマト」に出てくる不思議な一行もあれはサーカスのひとたちだと思うんだけれど。そもそも、この話、剥製の蜂雀が話したことだし、ペムぺリとネロという兄妹も、正体不明だし、ポンテロ−ザというトマトもなにもかもがうそくさいんだけど、あの埃っぽいサーカスの行列の場面はなんだかリアルで、だから、何度読んでも、ほんとに胸がざわざわしちゃうんだよね。 去年、偕成社から出版された小川未明の「赤い蝋燭と人魚」、この本は、振り仮名と漢字以外は、大正10年に出版されたままのものなんだけど、絵を書いた酒井駒子は1966年生まれ。絵の不可思議なリアルさが話に合ってる。優しくて誠実な老夫婦が、大事に育てた人魚の娘を、南の国からやってきた香具師(やし)の口車にのせられ、欲に目がくらんで、売る約束をする。ちなみに、香具師とはテキヤのこと。とうとう、香具師がやってきて、人魚を連れていくという場面。 「いつかの香具師がいよいよその夜、娘を連れにきたのです。大きな鉄格子のはまった、四角な箱を車に乗せてきました。その箱の中には、かつて、虎や、獅子や、豹などを入れたことがあるのです。この優しい人魚も、やはり海の中の獣物(けだもの)だというので、虎や、獅子と同じように取り扱おうとするのであります。もし、この箱を娘が見たら、どんなにたまげたでありましょう。娘はそれとも知らずに、下を向いて、絵を書いていました」 この場面だけは、怖くて怖くて、じっとたちどまって、子どもの頃見た、あの見せ物小屋とか、サーカスに売られる子どものことなんかも想像してしまうのだ。そういう思いだけは、全く成長しないまんま、わたしの中に残っているみたいです。 |
| この三日間、同じような夢ばかり見ていて、それは、大学時代の夢なんだけど、3回とも、研究室の先生が出てきた。わたしがその研究室にいたのは、22才から28才までで、結婚するまでは一日のほとんどを、そこで生活していたようなものだから、とにかく、説明しようもないくらい、なつかしい感じで、特に、その先生に対しては、お世話になったとか、尊敬しているとか、そんな言葉では表せないくらいの人だった。 一匹狼と言う感じで、他の先生たちのように、上品そうな格好もしてなかったけれど、絶対にお世辞も言わないし、先入観で人を判断しないし、ひとり暮らしだったけど、大勢の猫と一緒に暮らしていたから、いつも、洋服も毛だらけだったけど、全然気にしてなかった。そういえば、テレビに出た時に、先生のズボンの裾が20センチくらいめくれあがてって、どうしたんだろうと思って、後で聞いたら、トイレで用を足す時に、汚れないように、まくしあげて、そのまま忘れて本番になったらしかった。 先生の自宅のベランダには、鹿の頭がぶらさがっていて、これは、あのころの彼氏が鹿撃ちの仕事をしてる人らしく、時々、鹿肉をもって研究室にきてくれて、おもしろいおじさんだった。ニューギニアに行った時には、現地の人の痰をあつめてもって帰ってきていたし、食器棚におちているゴキブリの糞を「あら、ゴマがこぼれてる」といって、お皿に集めていた。、、と先生にまつわる話はけっこうきたないことも多いんだけど、でも、おなじ年代の男の先生たちから話を聞くと、「あの人は、東大のマドンナだったんだよ」って言われるくらい、綺麗な先生だったんだよね。 その先生は、研究室ではモーリッツと呼ばれていた。そのころ、私達の間では変な呼び名が流行っていて、というか、だいたいわたしがつけてたんだけど、れいこならレイチン、さとみならサトプン、まれみはマレシャンだったし、ちなみにうちの夫は他大学だったんだけど、いつもこの研究室に遊びに来ていて、タコリンと呼ばれていた。 研究室には日誌があって、実験とかバイトのそれぞれの予定が書いてあって、あとは、誰が何を書いてもいいようになってるんだけど、たいてい日常の雑事を細かく書くのね、まあ、見てきた踊りや舞台や映画の感想とか、くだらないことばかりざっくばらんに書くので、その中で、先生を先生と書くのは、なんとなく、そぐわないので、それで、モーリッツになった。記憶はさだかじゃないんだけど、ドイツに留学してたころにそう呼ばれていたと言っていて、「モーリッツというのは、ドイツではみんな知ってる有名な絵本の中の主人公なのよ」と言って、その絵本を見せてくれた。 その絵本はドイツ語だったので、中味はくわしくわからなかったけれど、とにかく、マックスとモーリッツが悪戯ばかりして、最後には粉引き小屋だか水車小屋だかで、粉々に挽かれてしまうというものだった。その後、7年程前、本屋で見かけて読んでみたら、けっこう冷酷な内容で驚いた。その時にも、買いそびれたので、去年、インターネットで調べたら、もうすでに絶版になっていて、古本もなかったので手に入らずにいる。 この絵本、実は、明治時代にすでに、日本で翻訳されて出版されてたんだそう。ただ、マックスは太郎、モーリッツは次郎と訳されているらしい。 とにかく、モーリッツの夢を三度も続けてみちゃったので、なにかあったんじゃないかと心配。 先生は、夢の中でも、「もうちょっと勉強しなさい!」と言ってたけど、つぎの日は、「遠慮しないで、全部持っていきなさい!」と言って、たくさんのケーキをわたしにくれた夢でした。 |
| わたしは北海道の十勝の出身なんだけれど、小学校一年生から三年生まで、ほぼ直線の道路を、一時間以上歩いて学校に通っていた。大人になってからその道を歩いてみても40分はかかり、坂があったり、線路があり、川もあってけっこうな距離だったので一年生のころなんて、とくに冬場はかなりきつかったと思うんだけれど、大変だったという記憶がまったくない。わたしの家がかなり街はずれにあって、ものすごい田舎だということは間違いない、でも、その一時間のみちのりの道路は、綺麗に鋪装されたニ車線で、その道路沿いがその街でいちばん賑やかな商店街だったので、歩道もかなりの広さがあって、そこをただただ、まっすぐに歩いていけば学校につくので、迷ったことも、寂しくなったことも全然なかった。それよりも家が農家だったりすると、これも北海道の酪農家はかなり大きいので、お隣の家まで行くのに30分かかったりすることもあって、小学校まで二時間歩いてくる子もいて、冬になると一時間目に間に合うのは、クラスの半分くらい。なので、たいていは学校に着くとグランドに作られたリンクでスケートをやっていて、みんなそろって授業がはじめられるのは、だいたい三時間目からだった。 覚えている限りで、わたしがはじめて道に迷った記憶は、小学校の三年の時、たまねぎ農家の子のところに自転車でいった帰り道だった。小学校からさらに家から逆方向に30分くらい自転車でかかったと思う。行きはともだちと一緒だったのでよかったんだけれど、帰りは独りで夕暮れ時。鋪装されたひろい道路沿いには家もなく、道行く人も、もちろん人っ子一人いなくて、車も通らなくて、まわりの景色はたまねぎ畑と、遠くに見える日高山脈だけ。道に迷ったのは右に行かなくていけない所を左に曲がったという単純な間違いですぐに引き返して、左にまがったんだけれど、そのころから、いきなり、霧が出始めて通い慣れた道までほんのわずかの距離だったんだけれど、怖くて怖くて泣きながら自転車をこいだ記憶がある。 そういえば、北海道では霧もそうだけれど、降り続ける雪でまわりの景色も自分自身さえ見えず、ただ薄ぼんやりと家や車のあかりや外灯が見えるだけということがよくあった。子どものころはそういうことが底しれなく恐怖で、でもなんだか、ちょっとわくわくするようななんとも言えない不思議な感覚だった。 実は去年の夏、その時のあの感覚を思い出した。 八月のものすごく暑い頃だったと思うんだけれど、保坂さんから「必見ユーリ・ノルシュテイン」というメールがきた。それまで、保坂さんとノルシュテインの話などしたこともなかったんだけれど、ラピュタ阿佐ヶ谷でノルシュテインのアニメが上映されるという知らせで、見に行った。ものすごくよかった。見てる間中、感激で心が震えるような感じで、絵本で知っていた霧のなかの本物のはりねずみに出会えたような気持になった。映像も音も細かいすべてが丁寧で、気持よくて、なんだかささやかな宝物って感じだった。 そして、小学生のころ霧の中で道に迷ったことをまざまざと思い出して、なつかしくてたまらなくなった。 ユーリ−・ノルシュテインはロシアのアニメーション作家で、絵本として出版されている「きりのなかのはりねずみ」はパッと派手ではないんだけれど、子ども達にはけっこう人気があって、絵本リーディングでアンケートをとっても好きな絵本として名前があがる。わたしは、ロシアの絵本が大好きで、ものすごく大胆で奇想天外なあらすじだったりするのに、絵がちまちまと神経質な繊細さだったりするラチョフの「てぶくろ」とか、ワシリ−エフが絵を描いたプーシキンの「金のさかな」のおかみさんの顔がグロテスクで気持悪いのに、洋服がけっこうおしゃれだったりとか、デティールのところどころにになんとも忘れられない物や言葉がでてきたりする。この「きりのなかのはりねずみ」だったら、川に流されてるはりねずみの耳にバラライカの音がきこえてくるところとかね。 ところで、ノルシュテインのアニメはすべてが気の遠くなるような細かい手作業で作られている。「外套」という作品なんて中断した時期も含めると10年もかかってるんだそう。ひとつの作品にそんなに時間をかけるなんてーと、驚いちゃったんだけれど、アニメってそういうものだったんだよね。ノルシュテインの作品を見てると、逆に作られ続けられる膨大なCGのアニメを、大変だともなんとも思わなくなってしまってたんだなーという自分に、今さらながら、ちょっと気付いた。 |
| 小学生のころ、学校から家に帰る途中で、道端に小さな宇宙人のお人形が落ちていたので拾ったら、妙にぬるぬるしてて、なんだろうこれ?と思ったとたんにそれが動いたので、びっくりしたことがある。結局、それは生まれたばかりで、巣から落ちたらしい小鳥だったんだけれど、うちに帰るまでに、動かなくなってしまって、途中で会った知合いのおねえちゃんに「その鳥のあかちゃん、死んじゃってるよ」と言われたので、近くの空き地でうめてあげた。 北海道に住んでいた子ども時代には、巣から落ちたからすのあかちゃんを兄が拾ってきたこともあった。結局、何年たっても飛ぶことはできなかったけれど、「おはよう」と言葉を話すほどに成長したし、怪我をしたタカを父が助けて、生肉しか食べないので大変だったけれど、数カ月育て、森に返してやったことがある。それに、獣医だったおじいちゃんの部屋には、白いふくろうの剥製があって、怖いけど、とても綺麗でいつも見にいってたし、川の真ん中にたっている白鷺をみつけると、必ず、感激で胸がどきどきして目が離せなくなるくらい。きっと、わたしと鳥とは縁があるんじゃないかなと、思っている。 そういえば、こんなこと書いてたら急に思い出したんだけれど、中三のとき、はじめて両思いになった男の子からラブレターをもらったんだけど、その当時で、わたしは、身長は165センチはあったし、かなりしっかりとした体格の剣道ひとすじの健康的な女子だったんだけど、その手紙の中に「うちで飼っているセキセイインコのぴーちゃんを見ると、佐々木さん(わたしの旧姓)を思い出します」と書かれていて、あまりにも予想外の言葉だったのでものすごく恥ずかしい気持になったことがあった。 それにしても鳥の名前って、うまい具合だなって思う。「ほおじろ」とか「おながどり」なんてまったくそのまま名は体を表わしてるし、「ぶっぽうそう」の啼き方ってほんとにぶっぽそーぶっぽそーって聞こえてくるし、「ちゃぼ」とか「あひる」もなんだか、ひょうきんなイメージそのまま。とりわけ、「むく鳥」って名前の響きがいいほっとする名前だと思う。 「むく鳥のゆめ」というと、思い出すことがある。 小学校の4年か5年の時だったと思う。ちょうど本が好きになりはじめたころで、「赤毛のアン」シリーズとか、「若草物語」をはじめとするオルコットが書いたものを、小学校の図書室で毎日のように借りて読んでいた。そこで、いつも一緒だったのが、おかっぱ頭で、細い切れ長の二重の目もとがいつもうるんでいるような大人っぽい雰囲気のまちこちゃんだった。まちこちゃんもかなり本を借りていたようだったので、心のどこかで、ちょっとだけ競争してるような気持がしていたと思う。まちこちゃんはわたしの家の前に住んでいたんだけれど、そんなに仲がよかったわけでもなかったし、話した記憶も、ほとんどなかった。 ある時、突然、まちこちゃんのおかあさんが病気で亡くなった。父とまちこちゃんのお父さんは同じ職場だったので、わたしの両親が、病気になったまちこちゃんのおかあさんのことを心配そうにいつも話していた。御葬式の日、まちこちゃんはひとりで家の前にしゃがんで、釘で土の上に絵を書いていた。わたしは、今でもあの時のまちこちゃんの姿が目にやきついて離れないんだけれど、まちこちゃんはなんだか、ちっとも悲しそうな顔をしてなくて、もちろん涙も流していなくて、わたしは子ども心に、訳もなくものすごくほっとしたことを覚えている。 でも、そのあと、しばらくして図書室で「ひろすけ童話」を借りたら、図書カードにまちこちゃんの名前があった。それで、その中の「むく鳥のゆめ」を読んだら、なんだかまちこちゃんと重なって、涙が出てとまらなくなったんだけれど、図書カードの日付けがまちこちゃんのおかあさんが死んだ日よりずっと前だったので、やっぱり、 なんとなくほっとした。 昨年末に集英社から出版されたこの「むく鳥のゆめ」を読んで、久しぶりにまちこちゃんのことを思い出した。思えば、あの時、わたしが読んだ「むく鳥のゆめ」は絵がついてないものだったんだけれど、網中いづるの絵を見て、気づいた。むく鳥の絵がまちこちゃんのイメージそのままで、特に表紙のあっけらかんと無表情な顔つきがそっくりだった。それにしても、心のこもった絵だなーと思う。あざやかなのに素朴な色合い、こんな風に物語を絵にできたらどんなにいいだろう。ちょっとせつない物語は、こんな具合に描いてくれるのがいいんだよね、と誰かに言いたくなりました。 ほんとに、ほんとに、なんて可愛いピンク色の表紙なんだろう。 |