実際、魅力的な人だった。20年前のわたしの想像の中の印象は全くたしかなもので、男に媚びないということは、そのまま金や権力に迎合しない潔い強さと庇護されることに甘んじない清冽なプライドに通じていて、結婚して母親となっても、まるで独り身のようなすっとした女性だった。画家になろうとしたきっかけは？という問いに、彼女は子ども時代の話から始めてくれた。登校拒否児だった自分の気持をよく覚えていると言う。小学校に行きたくない気持ちと、なにがいやなのかわからないという気持ち、家にいるほうが好きなことと学校に通わなければいけないことにどう折り合いをつければいいのか、どう表現すればいいのか幼心に一生懸命考えていた。それでも、一年生の途中で私立に転入。しかし、そこでも、ひとりのシスターと決定的に合わず、結局おなじような状態に。今でも、思い出す情景があって、それは、学校に呼ばれシスターと話しながら泣いている母の姿、というよりも、浮んでくるのは母のアイスグレーのタイトスカートの上にぽたぽたと落ちる涙の雫。つらい子ども時代だったから、自分の子どもがつまづいたら「今、辛くても、大人になったら、ずっと楽になるから、絶対、途中で死んじゃダメだよ」と言ってあげたいと言う。
幼稚園のころ、絵描きになりたいと言っていた記憶もあるけれど、実際に高校二年の時、進路を考える時になって、絵について真剣に考えるようになる。受験のために絵の予備校に通い出すと、すごくたのしくて、一日中、高校に行かずにここでずっと描いていたいと思ったと言う。そして、東京芸術大学に入学、学科は日本画。「それまで、日本画なんて見たこともなかったのに、後片付けが油絵よりもずっと楽だから、安易に選んだんですけどね」といっても、思いのほか、日本画の水性素材は自分にすっとなじみ、そしてなによりも今は、岩絵具や膠（にかわ）などの素材のおもしろさに惹かれ続けていると言う。混ぜて色を出す油絵具や水彩絵具と違って、日本画の岩絵具は混じりっけなしの天然の色。たとえば、群青色はラピスラズリ（瑠璃）を砕いて作られるのだそうだ。膠だって動物の骨から作られる。
そして、大学時代はよく遊んだ。なにかから解き放たれたような気がして、思いのままに行動した。もちろん、朝から晩まで好きな絵を描いていられたけれど、ヨーロッパをあてもなくふらふらしていた時期もあったと言う。「芸大で稗田一穂（ひえたかずほ）先生に会えたこと、これはほんとにラッキーだったと思ってます。先生からなにか助けてもらったとか、特に話したというわけじゃないんですけど、ひとことで言うなら、芸術に対する真摯な姿勢でしょうか。お金のために描くんじゃなくて、生きること、世界について、なにがほんとうのことか知るために描くということを、先生の背中から教わりました」
卒業後は雑誌や本の挿し絵、絵本などの仕事をしながら、作品を描き続け、そして、様々な賞を受賞する。展覧会や個展開きながら、今現在は、芸大と多摩美大の講師でもある。
そして、7才の女の子の母親。ある意味でさまざまなことを男から吸収して生きてきたと語る宮さんに、わたしからみても子どもとか母親というイメージは重ならない。周囲にいる人たちも宮さんの言動に驚かされると言うのだが、働いている時も夕方になると、起きている子どもの顔を見るためにはやくきりあげて帰りたくなるそうだ。子どもを持ったこと自体に、自分でも思ってもみなかったような幸福感を味わうと言う彼女の作品も以前のものとはかなり違う。どこか宗教画のような硬質な人物や、現実から浮遊し切り取られたような空間のなかに漂っている神秘的な世界が、やわらかな曲線と洗練されてはいるけれどあたたかみのある色合いのなかで、今まさにすくすくと息づいている世界へと、変わったように見える。わたしは今の絵のほうが断然好きだ。
子どもができるまでは、知的な刺激、読書や映画、演劇音楽会など贅沢な時間がないと絵が描けないと思っていたし、実際描けなかった。しかし、子どもができるとそうはいかない。作業の合間に洗濯をしたり、もちろん映画なんて見る時間もない。
「インタビューで『最近見た映画でなにが一番よかったですか』と聞かれ、『どらえもん春のスペシャル』なんて答えたりしてね」
それでも、こどもができるまでにためてあった贅沢な時間があったけれど、それがすっかり消化してしまった感じがして、今、少し、充電したいと言う。
「描いている時間が二時間だとしたら、絵具を溶きながら考えている時間が二時間、
そういう無駄な時間が必要なんですよね」
自分を見逃さない人なんだと思う。ひたむきに正直に自分をみつめられるからこそ、変化にもまっすぐに反応する。そして、もちろんそれは彼女の表現にもあらわれるから。
この先、どんな風に変わっていくのか、彼女を映し出す絵を通して見てみたい。