インタビュー・その1 キーワードは【登場人物】

「プレーンソング」や「季節の記憶」・・・・。
保坂和志の小説の中の住人は、
いつも気ままにのんびりと・・・・そして、
どこかおかしくて。
思いつきのような自然な成り行きの中で、
その世界の住人は、
彼の頭の中でタラタラと、徹底的に構築された人たちばかり。

聞き手:春野景都


◆けいと:保坂さんの作品の中で、『<私>という演算』の『祖母の不信心』に出てくる山梨のおばあちゃん、『季節の記憶』の蛯乃木(えびのき)さんなどのキャラクターが、笑えたりするんですけど。

■ほさか:山梨の有名な人というと、宗教学者の中沢新一と将棋の米長邦雄、二人とも学者の世界と将棋の世界で浮いているほど、いい加減なことばっかりいうんだよね。ふつうの人が真面目なことしか喋らない場所で平気で冗談いうんだよね。それで冗談だと思っていると、けっこう本音だったりもするわけ。で、それは、うちの親戚もそうだし・・・・故郷っていうのは誰でも一つずつしかないから、比べられないんだけれど、ぼくは山梨以外の人がどれだけああいうふうに本気の顔して嘘いったりするのか知らないんだけれど、少なくとも山梨はそうだね。

◆けいと:山梨の言葉も『〜ずら』とか『〜し』とか言葉そのものもなにか愛敬があって、人物のキャラクターとしても面白いですよね。

■ほさか:日本の田舎って東京の感覚でいうとかなりウソくさいと思うんだよね。ホラ話とかね。『季節の記憶』に出てる蛯乃木って和歌山出身なんだけど、(と、蛯乃木さんのモデルになった多田さんの写真を見せてくれる)ねっ、ウソくさい顔してるでしょ。これがとんでもないスケベなんだよ。こいつはほんとに、すごく自然にできちゃうの。女の子に触りながらしゃべったりするのが、もうシラフでもふつうにやっちゃうの、こんな顔してるしさ、身長は160しかないしさ、指なんてこんな短い・・・・。

●がぶん:そこまで言うこたぁ、ないだろう。

■ほさか:でも、ぜんぜん平気、どんどんどんどん女くどけちゃうんだよね」

●がぶん:わざわざ立ち上がって、一発ギャグ言うしね。

◆けいと:面白いですね、じゃあ、あそこに出てくる蛯乃木さんそのものなんですね。

■ほさか:地方ってのは、どこでもそうだと思うんだけど、もっとも、深沢七郎とか、さっきの中沢新一とか米長邦雄とか、地方出身者の中でもあの人たちは目立って変な人の部類に入るから、ちょっと断定は難しいんだけど、で、他の地方のことは、蛯乃木の地方のことしか知らないけど。山梨は少なくともそういうところはあるし、蛯乃木のあたりも変だから、やっぱりどこも変なんじゃないのかな。

◆けいと:山梨には三才まで住んでらっしゃってて、今もご親戚も一杯いらっしゃるんですよね。だからよく言われる保坂さんの小説世界の中で(鎌倉や湘南のノンビリ感)とはまた違ったところで山梨という場所の影響があるのでは・・・・と。 
真面目なことを書いてるのになにか、笑ってしまう部分が随所にある・・・・。

■ほさか:いい読者ですね。最近不満っていうか困っているのは、本の批評とかで僕の書くものが真面目一点張りで読まれちゃう傾向があるんだよね。でもどの中でも人を笑かすようなとこを入れないと気がすまない性格だから、くすぐりとか爆笑とか、突如笑うようなところは入れてるはずなんだけどね。

◆けいと:『残響』なんかでも笑えましたよね。

■ほさか:『残響』? どこ笑えたっけ。

◆けいと:面白いところというわけではなく、遠くから自分のことをビデオで撮られていて、あとで『あんたこんなことしてたよ』って言われるようなおかしさかな。ところで、クイちゃんは猫だって本当にそうなの?

■ほさか:そういうのはあんまり信じられても困るんだけど、そのつど説明が変わってるんだよね。クイちゃんはね、すごくね巧妙な事情があってね、僕の妹の下の子が男の子で、その子が二才くらいのときに会ったとき、すごく僕に似てたの。なんかねぇ、やることとかがよく似てて、僕の両親も和志によく似てるって思ったし、僕も似てるって思ったのね。その子を見ると自分のこととか思い出すの。で、そのあとにクイちゃんのモデルとか言ってた猫を拾ったわけ。その猫のことを、まわりのみんなが保坂君に似てるっていうわけ。僕はその猫が、甥っ子に似てるなって思ったわけ。っていうことは、その三つがつながるでしょ。

◆けいと:なるほどね。

■ほさか:猫であり甥っ子であり僕である、っていう三つの複合体になってるのね、ほんとは。

◆けいと:そうだったんですか、ところで、小説の登場人物として、どんな人を書きたいと思ってるんですか?。

■ほさか:書きたいっていうか、ひとりひとりについては、こう書きたいっていうのはなくて、ひとりひとりが変わったやつとして、いろんなことを喋ってくれればそれでいいわけ。ところがね、僕の小説には男の場合にはすごくダメなやつがたくさん出てくるけど、女の人になるとけっこうそれなりにみどころがあるんだよね。フェミニズムの時代だから、ちょっと男の偏見で女のことをマイナスイメージでとらえて書くと、けっこう色々いわれるけど、僕はそういうふうには書かなくて、みどころのある女の子だけ書くから言われないんだけど、でも、みどころがなければ小説世界に入れないっていうのは差別なんだよね。男ってのはもっとみどころがないわけよ、まぁあるんだけど〜。よくよく見ればあるんだけど・・・・。でも女の方はもっと分かりやすくみどころがあっていいこというから〜、あの、そういう人しか書かない。ただ、『季節の記憶』に出てくる近所に引っ越してくる離婚した人妻の『ナッちゃん』っていうのは、あれはうっとうしい子を書こうって思ったからほんとにすごくうっとうしい子になっちゃって、僕としては失敗だったと思ってる。やっぱり、けっこう、好感持てないでしょ。最初から嫌ってるし〜、読んでる人も好感もてないし、そういうのってよくないと思うし、ああいう人でもみどころあるわけだし、そういういいところが書けなかったら、やっぱり書くべきじゃなかったし、ただ、やっぱりそれなりに重要なポジションを占めちゃったから〜、途中からまったくなしで書き直すわけにはいかなかったのね。ただね、『季節の記憶』が出来上がって、それなりに評価されたりしたあとに、がぶんさんのお姉ちゃんと会ったわけ、『ああ、こういう人を書くべきだった!』と思ったね。(一同笑)『季節の記憶』っていう、わりと仲のいい人たち、分かりあえる人たちがいて、その中に、それが分からない人を書こうと思ったんだけど、それがあの『ナッちゃん』みたいな形になったのは、少なくとも僕の気持ちとしては失敗で、あの〜、がぶんさんのお姉ちゃんみたいな、ああいう人の話をいっさい聞かずに、がんがんがんがんまぜくり返すみたいな、ああいう圧倒的な強烈なキャラクターの方が読んでる人が好きになると思う。

◆けいと:そういうキャラクターって愛らしいですもんね。

■ほさか:そうそう、『あ、また出てきたぁ、どうしよう、いったい彼らの生活はどうなっちゃうんだろう』なんてね。書く前にがぶんさんのお姉ちゃんを知ってたら、がぶんさんのお姉ちゃんのようなキャラクターを入れました。そうなれば、僕の小説の中で初めてモデルのある女性キャラクターになったと思う。

◆けいと:たしかに『ナッちゃん』と『つぼみちゃん』に関しては、少し保坂さんの愛情が足りないような感じがするよね。

■ほさか:そうそう、愛情持てないキャラクターがいると、こっちも楽しくないわけ。あのぅ、楽しいから書くわけじゃないんだけど、書いていて楽しくないようなものを書いてはいけないと思ってるんだよね。その言い方の違いっていうか、その前後関係の違いってけっこう大事で、楽しいことを書きますっていうと、小説にはならないんだけど、書いてるうちに自分も楽しくなれるようなことじゃなければ読む人も楽しくないだろう・・・・という感じで書いてるから、それはもう、『ナッちゃん』は大失敗と言ってもいいほど失敗だったと思う。

●がぶん:そういうこと書いていいの?。

■ほさか:いいよ。

●がぶん:賞くれた人、『ナッちゃん』褒めてたら困るな、って思ってさ。

■ほさか:『ナッちゃん』のことをね〜、褒めた人はいないし、みんなあんまり言及してないよね。

◆けいと:うん、保坂さんに対して『ナッちゃん』のことを褒めていう人は、いないような気がする。だって、保坂さんがあんまり気に入ってないキャラクターだってことは、読んでて分かるもの。

■ほさか:だから、続編の『もうひとつの季節』を書いたときに、ナッちゃんたち親子は出さなかったもの。そのぅ、クイちゃんの遊び相手が変わったっていういい加減な理由をつくってさ、とにかくやっぱりあんまりさ・・・・『ナッちゃん』があのがぶんさんのお姉ちゃんのように進化してくれたらさ、でも、あの線からは進化できないんだよね。

◆けいと:うん、『ナッちゃん』はステレオタイプだもんね。

■ほさか:そうなの、ステレオタイプってことなの。初めてそういうことしちゃったんだよね。キャラクターを、やっぱり情報を入力する要領でつくっちゃったんだよね。

◆けいと:じゃあ、書いてゆく前に最初に登場人物を考えるんですか?

■ほさか:えっとねぇ、一番おぼえてるし、登場人物として説明しやすいのは、『季節の記憶』なんで、あれで説明すると、『僕』っていうのの仕事をどうするかってまずはじめに考えて、小説家でもいいんだけど僕を直接知ってる人だったらそれでも通用するんだけど、ふつう『先生』でしょ、やっぱり。ほんとはもうそんな小説家なんかいないんだけど、ふつうそう思われてないからさ。だからもっと『ただ仕事だからやってます』っていう感じでしかも家の中でやるのは何かって考えたら、ちょうどコンビニ本をつくってる友達がいて、そいつからきいてた話が楽なんだよね。『季節の記憶』の『僕』程度の収入だったらほんとに毎日遊んでても稼げそうだったんで、『これがいい』と。『僕』と『息子』という組み合わせは、なんかそれ以上に無条件に決まっていたようなところがある。どうして『僕』と『息子』になったのか、思い出せないくらいに、前提として決まってたと思う。で、もう一つの二人組がほしいってを考えたの。それが結局歳の離れた松井さんの兄妹ってことになったんだけど〜、とにかくその男女のカップルがセックスしてるとは絶対思えない設定で、でも、兄妹っていうのはできるだけしたくなくて、イトコ同士とか、叔父と姪にしようかとか思ったんだよね。だから、ほんとうは『美紗ちゃん』って女の子は、実家からおん出てきていちばん過ごしやすい人の所にいる、っていうような関係で作りたかったんだけど、どうしてもそれだとセックスを想像させるでしょ? だから、兄妹にしかならなかったんだよね。で、親子だともっと真剣に『美紗ちゃん』の将来とかいまの暮らしぶりとかを心配しちゃうだろうし、で、まぁ、歳の離れた兄妹っていうのはなんかもう兄妹でもないし、でもまぁ、セックスもないだろうっていういい線にきたから、それで行ったんだよね。その四人が最初に決まってて、あとはもう書いているうちに考えようと、いつもそうなんだよね。

●がぶん:どうして、そのセックスを排除したかったわけ?。

■ほさか:それは不思議なんだよね。

●がぶん:それは不思議だなぁ。

■ほさか:うん、あの、僕の小説ではセックスないんだよね。

◆けいと:そうですか、『ヒサの旋律の流れる』でセックスのところが凄かったんで驚いてしまったんですが、ウンチの場面で大笑いしちゃったんですけど・・・・。

■ほさか:パンツのウンチって言ってくれないかな? 読んでない人がさぁ、ここを読むとさぁ、なんかスカトロかな、なんて思われちゃう。

●がぶん:スーパーエロ・スカトロ小説?。

■ほさか:パンツについたウンチだよ。

●がぶん:ま、とにかく、確信的にセックスは入れなかったわけね?

■ほさか:うん、あの、ただ、セックスが入ると話が面倒くさくなるんだよ。だからね、やなんだよね。やっぱりさ、『またしたい』とか、けっこうさもしい部分が出るでしょ。もう一つの別の心の動きみたいなのが出てきちゃうでしょ。それが面倒くさいんだよね。

◆けいと:保坂さんの作品て、そうですね。女の人の中身まで入って来ないっていうか、セックス場面なんかで男の視点で入って来られても女としてはそこは違うんじゃない? みたいに思っちゃうから、逆に保坂さんのは気持ちよく読めますよね。

■ほさか:あのぅ、ほんとにセックスっていうのは、相手がなに考えてるかってことを過剰に考えるっていうかさぁ、正解にたどり着かなきゃいけないようになっちゃうんだよね、思う人にとって・・・・。

◆けいと:・・・・?。

■ほさか:普通の僕が書いてることっていうのは、僕という人間がいろんなことを、その人について想像したり、こうやった理由はこうなのかっていろいろ考えるけど、別に正解である必要はぜんぜんないわけですよ。恋愛だと『ほんとはどう思われているか』『あのときほんとはどうだったのか』に、どうしてもなっちゃうでしょ。だから、正解はいらないっていうのがひとつ僕のやり方だと思うんだよね。人の心って、『ある』っていえばあるし、『ない』っていえばないんだよね。で、あの、僕の会っている時の誰々と、違う人と会ってる時のその人は違うわけでしょ。で、よく言うのは、あなたと会ってる時の私がほんとの私で、ほかの時にはほんとじゃない私とかって言うけど、そういうふうに僕は、昔からそう思ってないわけ。この人といるときの保坂はこういう保坂で、ひとりでいるときの保坂はこういう保坂で、一見ぜんぜん統一がとれてないようにめちゃくちゃなキャラクターで、って感じなわけ。やっぱり、基本的にそんなに文学読んで育ってないから〜。中学ぐらいまで間違いなく算数・数学しかできない子供だったから〜、こみ入ったこと言われてもよくわかんないわけ。男女が七人入り乱れてるような飲み会とか、いろいろあっても、誰がくっついてとか、誰が誰のこと好きってのは僕はほとんどわかんない。関心もないっていうか、その中に自分の好きな子とか裏で付き合ってたり付き合おうとかしてる子とかがいると、やっぱり、その子に対して誰がどういう態度で出るとかっていうのを、つい見ちゃう自分っていうのがかつていて、それはすごいさもしくて、いやだったのね。で、あの〜、ただね、恋愛っていうのは僕の感想だと、その、恋愛の気持ちがこう、段々段々高まっちゃうっていうのは、そういうさもしさあたりからきてるんだよね。

◆けいと:うん、なるほど、そうですね。

■ほさか:もっとすんなりやってると、ほんとにジトジトジトジトその子のことばっかり考えるなんてならないから〜、その回路を切っちゃおうって気分が二十代の僕の修行。

◆けいと:修行ですか〜、なんとなく分かるような気がするけど・・・・。

■ほさか:僕はね、自分がどういう人間なのかってことを主張することにはあんまり関心がなくて、どうなりたいってことだけで、高校くらいから、こういう人になりたいっていう憧れだけで生きてきたようなところがあるんですよね。今の自分を認めてくれとか、っていうふうには自分自身では認めてないんだよね。

◆けいと:具体的にどんな自分になりたいって思われたんですか?。

■ほさか:うーん、それはねぇ・・・・。

            つづく

只今準備中!! 
【インタビュー・その2】 キーワードは「素(ス)」 
【インタビュー・その3】 キーワードは「俳優と作家」


top