第一回

わたしは、お稽古ごとが好きだ。
子育てがひと段落すると暇になって、いろいろやりたくなるんじゃないのって思うかもしれないけれど、このごろ急にそうなったんじゃなくて、小学校のころからそうだった。そのころ、ピアノやそろばん、お習字、それにお琴や詩吟なんかもやらせてもらっていたけれど、それよりもなによりも、どうしても習いたいと言って頼んでいたのがお花とお茶。母がやっているところを見て育ったからかもしれない。
書きながら、自分でも、とっても優雅な感じ。小さな女の子がまじめな顔で、母につきそわれ、時間に追われながらいそいそと学校帰りにお稽古に通う姿がちょっと浮んできちゃうけれど、実際はそういうものじゃなかった。
そのころ住んでいた場所は北海道の片田舎の小さな町で、習い事のほとんど全てが知合いのおじちゃんおばちゃんに教えてもらってるという風で、実際の雰囲気は、行っても行かなくてもどうでもいいような緊張感のない習い方だった。母が習っていたお茶とお花も、親戚の米屋に先生がきてやるというもので、大きな町に引っ越してから習いはじめたお茶とお花のお稽古の雰囲気とはまったく違っていて、ほんとに、主婦の井戸端会議に毛が生えた程度だったと思うけれど、わたしにとっては、それでも充分にわくわくするものだった。それに、母は大人の会話にこどもが入ってくることを妙に嫌がる人で、そういうおもしろそうなおばさん同士の世間話などの場には「来ちゃだめよ」といって、絶対入れてくれなかったから、なおさらだったと思う。
お習字は近所の知り合いの家だったので、月謝も払ってたんだろうかと、今考えると疑問で、週に2.3回、ひまな時間にちょこちょこっと行って、さっと書いて帰るという感じだった。
そういえば、今思い出したけど、小学校4.5年の時、朝6時から学校に行く前に「青空剣道会」というのにも通っていて、先生はお習字の先生もやっているおじちゃんだった。
わたしは、皆勤賞をとったりしてたし、けっこう筋がよかったので(実は剣道3段なのよ)、随分かわいがられていた。でも、その2年間の練習というのは、木で作った160センチくらいの大きな人形、(頭には面をかぶり、胴体に、不格好にタイヤがとりつけられていて、たたかれても突かれても簡単に倒れないようになっていて、当然、手には竹刀をにぎらされている)をひたすら、「めーん」と「どーー」とか言ってたたきまくるという練習だった。その人形はいつも、空き地にたっていて、剣道しない時にみかけると、けっこう怖かった。
ところで、わたしの親はとてもものわかりがよくて、ほとんど、声をあらげて叱ったり、文句を言ったりしたことがない。わたしの記憶がないだけなので、ほんとのところ、どうだったのかわからないけれど、親には、いつも、手のかからない子だったから放っておいたら育ったとも言われていたし、勉強しろと言われたこともないし、将来のことについてもけっこういい加減で、高校生の時、一度、芸者さんになりたいと言った時には「からだが大きすぎるから無理かもしれないね」と言われただけで、
「じゃあ、お花の先生になる」ということで、実際、京都の池坊大学の願書を取り寄せたこともあった。
小学校のころから、相当本気で、お花とお茶は好きだったので、中学になってやっと、習わせてもらった時には、もううれしくてうれしくて、お茶なんて、毎日、家でお手前の練習をしていたし、お花も自由にアレンジするものより、池坊で言うなら、立華(りっか)のように決まりごとがうるさくあって、活けるのに2.3時間もかかるようなものが好きで、お稽古のない日にも、自分で花を買ってきて練習していたものだった。
大学に入って、親もとを離れることになり、お稽古ごとをやめざるを得なくなった時にはとても残念で、どうにか名前だけは残してもらい、休みの時にまとめてやるというかたちをとっていた。そのころには、お花は免許皆伝で看板ももらっていたし、お茶のほうもかなり、すすんでいたけれど、やっぱり、もちろん、そんなくらいで、極められるような道じゃない。極めるなんて言葉を使うのもおはずかしいくらいの、道の入り口でやめてしまった格好だ。
あれから、25年、やっとまた、お茶のお稽古をはじめることになった。
一年前、雑誌でみた一枚の写真。それは「鎌倉梅散歩」という企画で鎌倉在住の作家が、梅が見頃な場所を探索するというものなんだけれど、そこに作家の方と一緒に登場してたのが、今わたしが習っているお茶の家元、よしこ先生。もう、なんとも言えず素敵に地味な紬を着こなしてにっこり笑ってる姿を見た時には、これだ!と心に決めた。
その作家の方とは、以前、一度だけだけど面識がある。年賀状もいただいていたので、電話番号を調べて、思いきって電話した。
その方は面喰らったようだったけれど、こころよく、先生とのとりつぎ役をして下さり、無事通うことになった。
そして一年、わたしはすっかりお茶にはまってます、、ってわけでこの「お稽古の壷」を書くことにした。
もちろん、壷の中味はお茶だけではないのよ。

END