その4
聞き手:けいと

けいと■今回出てきた、森中とか浩介とか奈緒子姉とか、そういう登場人物ってどんな風に考えたの?

ほさか■どんな感じで? うーーん、森中はさ、いそうな人間、あんまりいないんだけど。浩介は、実はふたりくらいモデルというか、念頭にあるんだよね。綾子は一番ねー。たとえば、『プレーンソング』のようこちゃんとか、季節の記憶の美紗ちゃんと一緒で、いるとも、いないとも言いにくいんだよね。モデルっていうんじゃないんだよな。完全なモデルじゃなくて、テレビで言えばさ、女の子がまとまって出てくるTBSの深夜の番組とか、なんだっけ? とかさ、昔で言えば、オールナイターズ、ああいうので、全然やる気なくてぼけてる子、そういのってさ、世間にいるじゃん。身の回りっていうんじゃなくてさ、電車の中とか、マクドナルドみたいなところで、女の子が何人も、いた時にさ、ひとりでなんか関係ないっていうかさ、で、そういうところから、とってんだよね。で、その従姉兄たちってのは、割合ね、おれの従姉兄。ゆかりはねー、いない。

けいと■いない? ほさかさんの姪ッ子じゃないの?

ほさか■そういう子じゃないんだよね。あのね、なんかね、最初ね、誰かね、ヒントにしようと思ってた人がいたんだけど、そうでもないから、まあ、ゆかりが一番ありがちな子だよね。

けいと■使いやすい性格だよね、話の中で。

ほさか■使いやすいと同時に、書いてる方としては、あまり、使えなかったなーと。そのー、使いやすいってことは、それは、使えてないってことだから。

けいと■そうか。

ほさか■だから、あのね、この小説書くのに、チャーちゃんとローズのことを、とにかく入れようというのと同じで、ゆかりみたいなのとか、森中でも、綾子でもそうなんだけど、なんで、こういう人たちをこういう風に置くかと言うと、自分でもわからずにやってるんだよね。ただ、それぐらいいた方が賑やかになるしーとか、さ。

けいと■ははは、そんな感じかー。

ほさか■だから、ゆかりは生かしきれなかったけど、でも、いないと話にならないんだよね。いてくんないとね。

けいと■そうだね、年代もちょっと違うしね。

ほさか■19くらいの子っていうのはさ、それだけ年上に囲まれちゃったりするとさ、ま、こういうもんかなって気がするんだよね。これ以上でしゃばられるとさ、ちゃんとね、主張できたりさ、話が通っちゃたりするとさ、それは、ちょっとちやほやしすぎなんじゃないのって感じになるんだよね。

けいと■ふふふ、そうやって、一応ちゃんと気ぃつかってんだー。

ほさか■だから、やっぱり、19の子なんてものはさー、そんな取り柄なんてないわけよ、若いだけで——っていう感じ。だから、回りもきちんと、ちやほやしないやつらだし。

けいと■うん、あ、そうだねーー。

ほさか■周りはみんあ26、7でしょ。綾子は27で、森中が26だから、19の子にちやほやなんかしないし。

けいと■そうだね。よくさ、小説家とかで、ディテールを細かく設定したりするでしょ。ほさかさんは? なんかさ、ほさかさんのディテールはちょっと違うんだよね。

ほさか■それは、さ、つまり、ディテールの意味でのディテールじゃないから。あの、普通のディテールってさ、大筋があって、「ここは必要だから、ディテールを埋めてく」みたいなことでしょ。おれの場合にはさ、ディテールしかないわ
け。ディテールが全体として、どこに向かっていこうとしてるかなんて、さっぱりわかんないから、いわゆるディテールじゃないんだよね。

がぶん■じゃあ、トップダウンじゃなくて?

ほさか■うん、そう。完全に逆だよね。ボトムアップというかね。

けいと■何それ?

ほさか■トップダウンって上から指令がきて、一応事前の青写真通りにいく、っていう意味だよ。今の高瀬さんが言うのは。で、ボトムアップっていうのは、書いてる手先がどこにいくか聞いてくれっていうの。

がぶん■結末が決まってないってことだよ。

けいと■ふーん。

がぶん■ゲームなんてみんなトップダウンでしょ。ほさかのはそうじゃないからね。でも、そのほうがおもしろいんだよ。書いてる方も。オチとか、これはこういう風にしようとか、そういうことは考えてんでしょ?

ほさか■してないんだよ。っていうかさ、、、、その程度は考えてるってことはさ、さっき高瀬さんがさ、パソコン打ってる間に言ってたんだよ。それの3分の2くらいの答えになってるようなことは言ってたんだよ。

がぶん■ははは、、、、

ほさか■あのね、おれ自身が、すっごいせっかちなんだよ。まさかと思うでしょ? 小説を読むと。っていうか、まさかと思うやつがいっぱいいると思うんだけど、あの、、、保坂和志に対する誤解っていうのが、気が長くて、それから、もめごとを極力避けて、(けいと、ぎゃはははと笑う)ま、もの静かで、たとえば、将棋とかのああいう勝負事をすると、攻めじゃなくて、守りが固い——っていうのは、大違いで、まず、勝負事で、おれ、とにかく攻めることしか考えていなくて。

けいと■はははは、、ほんとだー。

ほさか■相手の出方をみて、どうこうなんてハナから考えてなくて、、、ま、そんなに熱心じゃないんだけど、相手に対して。とにかく、「小説にはストーリーがなければいけない」っていう考えっていうか通念に対して、そういうこと一切無視してやってるわけだから、小説自体がどれだけ平和主義に見えても、その姿勢自体は攻撃的なんだよ。攻めなんだよ。だから、それがひとつめの誤解で、ふたつめの気が長いってのは、おれね、せっかちだから、ストーリー考えちゃうと、すぐそれ書きたくなっちゃうわけ。だから、自分でも行き着く先が見当つかないところから、はじめないと、ゆっくり書くことができないんだよ。

けいと■すぐ終わっちゃうんだ。

ほさか■「今日どうしよう、今日どうしよう、、、、」って考えていないと、行き着く先があったらもうそこまで書いちゃうんだよね。

けいと■ああ、そうか、そうかー。

ほさか■うん。

けいと■それわかるような気がする。せっかちだよね。

がぶん■でもさ、普通の人はそうやってガーッと書いちゃって、さっき言ったトップダウンみたいに、足りないところ、埋めていくみたいに、完成させていくんじゃないの?

ほさか■そうかねー。

がぶん■だって、そうじゃなかったら、初稿、2稿、3稿の意味ないんじゃないの?

ほさか■それにしたって、おれなんて、とんでもなくせっかちなんだから。

けいと■えー、とんでもなくせっかちだったのー?

ほさか■一日で終わっちゃうんだよ。そんな分けてなんか書くいてられないんだよー。

けいと■ふたりともせっかちだよねー(ほさか、がぶんにむかって)

ほさか■ちょっと違う形のせっかちだよね。あの、、、釣りする人はせっかちだっていうでしょ。よくわかんないんだけど。なんでかっていうと、しょっちゅうしょっちゅう餌かえてないといけないし、たえず細かくいろいろチェックしてんだって、釣りする人は。

けいと■あ、そうなんだ。

ほさか■端(はた)から見るとわかんないんだけど。だから、その、ただ気の長い人間だったら、退屈でしょうがないんだってさ、釣りなんてものは。そういう意味のせっかちなんだよ。

けいと■たしかに、ほさかさんの小説読んで誤解する人たくさんいると思う。すごく生真面目にとらえられる感じもわかる。

ほさか■それはまあ、今回はすごく意識してて、、、、強引に論理的なものは冷静じゃないんだよ。特に最後なんかは、冷静では作れない論理なんだよ。この論法、冷静では作れないから、読み終わった後に、記憶できないんだよ。

けいと■自分では記憶してんでしょ?

ほさか■記憶はしてるんだけど、、、、そー、、、書く前提となった考え方は記憶してる。。。。でも、こう書いたっていう細かいところは覚えてないんだよ。でもさ、2月28日に書き終わって、今日、4月1日だから、ほんとに、ちょうど1ヶ月でしょ。1ヶ月も経つと、随分遠いものになっちゃうんだよね。まだ、世間の人は読んでないわけだけど。こっちとしては、おれさ、あの、昨日の夜とか、明日、この小説のこといろいろ話すんだなって思ったんだけど、なんかね、かなり遠いんだよね。もう、終わって2週間の頃とかに比べると。

けいと■じゃ、読み直してみた?

ほさか■読み直してない。ゲラは読み直したけど、それっきり。で、あのね、なに考えてたかっていうと、、、、書くのに、一番苦労してたのは、思いついてそれを自分の心の中に定着させなきゃいけない。その、、森中が言ったさ、草むらで白血病で死んでいくヘビやトカゲっていうのは、それは神の視点ってわけでしょ。で、その神の視点ってものを、作り出して、作り出したってことが人間の視点なわけで、それ以外ないわけだから、、、そうすると、人間を草むらのトカゲとかと、、、自分と草むらのトカゲを均等に見渡す視線ってのが、人間の中にあるってことを考えて、、、そのメカニズムみたいなことを自分の中に強引に作り出して、それをどう作るかっていうのがもう、ものすごく漠然としてて手掛かりがなかったんだけど、まあとにかく何日もかかって作って、それを定着させるのが一番苦労した。——と、そいうことをしたってことは覚えてるんだけど、忘れてないんだけど、、、でも、実際にどういう言葉できちんと書いたかって、それはね、あの、ゲラ読んだ時点でね、気持ちの中ではね、もっと、うまくいった気がするんだけど、なんかね、実際字になってると足りないような感じがするんだよね。

けいと■うん。そうか。こうして、ゲラ広げて、教科書みたいに、ひとつずつ、一緒に読み合わせていったら、自分がそのとき読んだのと同じ気持がちゃんと立ち上がってくるような気がするんだけど、読んだ後にひとりでなにが書いてあったかなんてメモしようとしてもできないんだよね。ま、なんか具体的な細かい所が多すぎるってことと、読んでるときにその世界が、実際のわたしの世界と違ってて、それは実際の生活でのわたしが固定された世界にいるってことのような気もしてくるんだよね。で、記憶だとかさ、昔思い込んでたこととかさ、そういったいろんなことがあるじゃない。そういったことで固められたことで世界見てるし、しゃべってるっていう自分がいるからさ、読んでるときには、そこと離れた感じになったり、発見したりするからさ、、、でも、面白いって思っても読み終わると、感覚がもどっちゃうのかな。離れた面白さを味わっても、なかなか離れきれないのかな。自分の世界がまた閉じちゃったみたいなね。

ほさか■だからさ、この中の「私」が使ってる、言葉使いってのがね、論法が変で、強引で、けっこう、飛躍があって、、、たとえば、普段の生活の中じゃさ、えっと、「コップがテーブルから床に落ちたから割れました」って考えてるじゃない。要素を分けて考えてるじゃない。でも、この中の「私」ってさ、そこをさ、あんまり要素を分けて考えようとしてない、特にこの章(最終章)にきて。
だから、なんかあの、コップがテーブルにあったかどうかなんかどうでもよくて、いきなり「コップと床がぶつかった」みたいな、そういう考え方ばっかりを強引にしてるような人でさ、、、で、だから、普段はほんとにあの、、、ものをすごく分けてるでしょ。ここまでが記憶で、ここまでが現在の自分の意志で、この辺が猫の意志で——みたいな。そういうの、この章に入ってからしなくなっちゃったんだよね。自分でも、結果的にどういう風に持ってこうって考えてなかったわけだから、でも、(最終章で)風邪で寝てるときに、子どもの手引いてるお母さんが「きれいなお空」って言うでしょ。あそこを書いたところから、なんかね、がらっとこうさ、モードが変わっちゃったって感じなんだよね。あれにひっぱられて、、、連れていかれたていうかさ。

けいと■うん、そっかー。

ほさか■ただあの、「きれいなお空」っていうのが、ここ、いきなり出てきてるよね。いきなりでてくるんだけどさ、このこと自体は、ここで急に考えた訳じゃなくてさ、やっぱり、言葉っていうものはそういうもんだっていうかさ、人間と言葉の関係っていうのは、ここで考えてるようなものだっていう風には割といつも考えてたんで、それまで蓄積してたものが、がーっと、動き出したって感じかな。

けいと■だから、この後このモードに入っていったんだね。

ほさか■うん、で、こうじゃない書き出しで……

つづく

END