早稲田大学大隈小講堂・保坂和志講演報告

早稲田大学講演会録・その1その2その3質疑応答編

2000年11月29日(水)
講演よりなりよりまず、
早稲田大学正門の前で一匹の猫を発見。
見れば両目とも白濁しており、
目が不自由なのかしら?
しかし、とっても太っていて健康そうではある。
早稲田大学にはノラ猫用学食があるやも知れぬ。



午後5:00にいよいよ講演開幕。
保坂和志はいつもの通り、
訥々とした口調で、言いたいことを喋ってゆく。
講演の途中ではちょっとしたハプニングも・・・・。
(末尾「がぶん@@の目)参照のこと)



当講演会の主催者、
早稲田大学現代文学会のメンバーたちと、記念撮影。
しかし、いまだにかけ声が「チーズ!」とは、
びっくりしたなぁもう(死語)


講演会の後で、当HP関係者だけが集まって、
近所のファミレスで保坂和志と歓談する。
人数はおよそ20人といったところ。
しかし、この写真では保坂和志本人は写っていない。
それもそのはず帰ったあとだった。
んー、まぬけな画。



がぶん@@の目

講演が始まってからおよそ30分ほどたった頃だろうか、 
言語の自動化機能という話に至り、
保坂和志は「さんまのカラクリテレビ」の、
「ご長寿クイズ」の話を持ち出し、
【プロ野球チームで、『横浜・・・・』とくれば?】
「もちろん正解はベイスターズなんですけど、最初のおじいさんが
『中華街!』と答えちゃうんですよね。
で次のおじいさんが、『南京街!』って・・・・」
ここで、最前列に陣取っていた我がHP編集長「景都」が、
「笑い声の戦慄の鳴りわたる」みたいにしてバカ笑い。
すると、最前列の中央にいた山高帽のオジサンが、
すっくと立ち上がった。
それを見た保坂和志は、すかさず、壇上から、
「ほら、もう一人帰っちゃうんですよねぇ」
それを耳にしたオジサン、
「つまらん! 帰る!」と捨てぜりふを残し、
キャリーに載せた荷物ををガラガラと引きずりながら、
わざわざ中央通路を通って帰って行ったのでした。
果たして、景都のバカ笑いが気に入らなかったのか、
それとも、ご長寿クイズの話題がお気に召さなかったのか。
それにしてもあのプンプンオジサン、
講演のテーマ「ことばとことばの向こう〜」を、
知ってか知らずか・・・・。
わざわざ口に出して言わなくてもよいものを、
自らの行動予告として、
「帰る!」などという言葉を吐いたりして、
まさに、「ことばのこっち側」の人間なのであった。


早稲田大学講演会録
 於:早稲田大学大隈小講堂・2000.11.29)

この講演録を収録した『早大文学』21号(2001年春発行予定)の
予約を受け付けています。詳しくは早稲田大学現代文学会HP
http://www.geocities.com/Tokyo/7830/
をご覧下さい。 



その1
司会者:みなさま、本日は早稲田大学現代文学会企画講演会「小説家の閾──ことばと、ことばの向こう」にご来場いただきまして、誠にありがとうございます。現代文学会では毎年講演会を企画しておりますが、今年度は小説家の保坂和志さんをお招きしました。保坂さんの細かな経歴は、お手元のパンフレットをご覧いただくとしまして、ここでは少々時間をいただき、私たちが今回の講演会に込めた企図を説明させていただきたいと思います。
 今日お招きした保坂和志さんは、様々な領域に対して言及されています。保坂さんの著作では小説や文学以外にも、例えば科学、宇宙論など、扱われる事象は多岐にわたります。そして、そこで保坂さんが描こうとするのが「言語化の領域」の問題、「ことばの向こう」の問題なのではないかと思うのです。
 言語があるからこそ、人間は世界を<世界>として認識することができるのだ、というのが現代哲学における言語観の、一つの大きな潮流です。しかし一方で、言語よりも先に世界があるということも、私たちはリアリティを持って感じることができます。
 世界が言語よりも先にあると言うとき、言語ではそれ以前からある世界を、完全に記述することは不可能になります。しかし、人間はその不自由な言語にやはり大きな部分を頼っているというのも事実で、不自由な言語によって思考していきます。その言語で、人間は何を考え、何を伝えることができるのでしょうか。
 保坂さんは言葉で言い表せないものを言語化しようとします。保坂さんはこう言います。「小説とは別種のディスクールを用意することだ」と。ここで保坂さんが言われる「別種のディスクール」とは、いったいどのようなもなのでしょうか?それによって何が語れるのでしょうか?そして保坂さんが最近しばしば言及される「肉体」は、そこにどのように関わっていくのでしょうか?
 それでは私の話はここまでといたしまして、保坂さんにご登場願いたいと思います。保坂さん、よろしくお願いいたします。

保坂:えーと、この会場は暖房が入ってないらしいのでこれ着たままやったほうがいいですよ、と言われたのでこれ着たままやります。すみません。
 今、挨拶した彼が何を話してたのかが断片でしか聞こえていないので違う話をしてしまうかもしれません。聞こえた所は「小説とは別種のディスクールを用意することである」という、93年か94年ぐらいに僕が書いたことなんですけど、今の考えでは、それではちょっと追いつかないんではないかというのがあって、「別種のディスクール」というのがどうしても言葉だけの問題になりがちで、「それではない」というのが今日の話なんですね。
 まず最初に断っておきますが、僕の話はばらばらとあっちに飛んだりこっちに飛んだりしがちなんです。講演というのは始まりから終わりまでが一本の線で流れるほうが、座りがいいし聴いた人の満足感も高いと思うので、極力飛んだりしないように今日何を話すかということは一応紙には書いてきたんですけど、そういう風に出来ないと思うんで、僕の散らばっている話をあとでそれぞれの頭の中で再構成してください。再構成すれば一応辻褄は合うはずなんです。
 「ことばと、ことばの向こう」って言うとき、問題は「ことば」の方じゃなくて「ことばの向こう」だ、というのが今の僕の考えなんですけど、それで言葉の向こうには何があるのかっていうと、まず「肉体」がある。で、その外にあるもう1つが「世界」なんですね。
 ここでいう「肉体」っていうのは、スポーツをするというような意識のコントロール下にある以前の状態で、一番考えやすいのは、生まれたすぐの状態。まだ言葉を覚えていない赤ん坊が言葉を覚えるためには「肉体」を使って覚えていく、って言うときの「肉体」なんですね。で、それは動物的な次元と言っていいと思うんですけど、それとほとんど同じ意味で、そしてそれのほんのちょっと向こう側にあるのが「世界」、っていうのが僕の大雑把な言い方なんです。
 最後に持っていくと、言うのを忘れてしまうかもしれないんで、忘れないうちに今日の結論めいたことを言っておくと、文学とか哲学とかそういうのに限らず、ものを考えるときに何を考えなくてはならないのかというと、僕は「私が死んでも世界がある、私が生まれる前から世界はあった」っていう、口ではなんとでも言えるんだけど、それを実感するような考えを自分の中で作っていかなければならないんではないか、っていうのを思っています。それが、ひたすら衰退し続けている文学が何とか生き延びる、というかもう一度活性化できる数少ない可能性の一つではないかと思うんですね。
 文学は衰退してるっていうのは、だいたい共通了解になっていると思うんですけど、文学が衰退してるってことは哲学も衰退してるってことなんですよ。哲学と文学はそんなに違っているものではなくて、ではその文学と哲学が衰退してるって言うんなら他に何があるのかと言うと、非常に大雑把な言い方ですけど、科学があるんですね。科学と、文学とか哲学の違いがどこにあるのかと言うと、科学っていうのは、確認されている部分を使ってそれを拡張していって全体を語ろうとするもので、直観的に「全体はこれである」と言ってはいけないものだと思うんですよ。ただ、これは僕の理解でもあるんですが、ホントの科学者はもっと直観的に世界像を把握していて、それを伝えるために部分に分解しなければならないってなっていると思うんですけど、人に伝えたり書いたりするときには、科学では全体を直観で捕まえることは公認されてないんですね。でも、文学とか哲学とかは、部分から全体に広げていく必要は全くなくて、全体を直観してても全くOKなんです。
 部分から全体に行くのをボトムアップで、全体から部分に行くのをトップダウンだとすると、そのトップダウンの思考というのは科学的には解明しにくいんですけど、人間の中にはあるんですね。科学だったらトップダウンは許されないけれども、文学や哲学にはトップダウンが可能だし必要だということを自覚してないと、科学的なディスクールの前に負けてしまう。「負けてしまう」という言い方も変ですけど、そうなってしまうと思うんですね。
 ところが現在、そうは言いながら、文学とか哲学でどういう思考法が必要なのかと言うと科学なんです。一番いけない文学的な思考法と言うのが、すべて物事を比喩にして考えてしまうという思考法なんですね。
 加藤典洋という文芸評論家がいて、実はその人は僕が『プレーンソング』っていう小説でデビューするときに「群像」の編集者に僕を紹介してくれた人で、非常に恩のある人なんですが、その加藤さんが岩波書店から『日本人の自画像』っていう本を出してまして、その最初の章のところで精神分析のラカンの鏡像段階という理論を使って、日本人はいつから自画像を書くようになったのかということを書いているんです。ラカンの鏡像段階というのは、赤ん坊が一歳前後のときに自分の姿を鏡に見て、「これが自分の姿だ」、つまり自分の体が一つの統一されたものである、ということをそのとき初めて発見することです。それが分かるまでは、赤ん坊にとって手とか唇とかは全部バラバラなんです。それが、鏡を見ることで一つの統一体であることを発見する、っていうのが誰にでも起こることとされています。
 で、そのラカンの鏡像段階の理論を使って、日本人が幕末の開国のときに「世界に見られている日本」という意識によって、まず国という統一体を考えて、そして自画像を描くようになったと言っているんですけど、これは理屈として大間違いなんですね。ラカンの鏡像段階というのはあくまでも、個人の身体の認識であって、国民の問題ではないんです。ラカンの身体の認識で大事なことは、「視覚が関与している」ということなんですね。脳の科学なんかでも言われてますが、身体イメージというのは頭の頭頂葉のどこかの部位にあって、幼児期に作られた身体の統一感が大人になってもつづいている。つまり、頭頂葉に身体イメージを作り出している部位があるから、人間は自分の体のイメージとか統一感を持てているわけで、頭頂葉を怪我した人は自分の身体イメージをもてなくなってしまうという症例がある。
 これは、ラカンの言っている鏡像段階の体の統一感の完成と同じ意味だと思うんですけど、そこに視覚が絡むというのが問題になるんですが、問題はそこまでです。国民には頭頂葉はないわけなんですよ。頭頂葉のようなものが、何か比喩的にはあるかもしれないけど、そういう比喩的な使い方はしてはいけないなです。頭頂葉は頭頂葉で、体にしかないんです。それを国民に当てはめるというのが一番間違った文学的な考え方で、すべての物を比喩的に使ってしまうというのが、これから消えてなくならなくてはならない文学的思考だと思うんですね。
 文学は比喩だけが問題ではない。文学の中にいくらでも科学的な思考法を盛り込めていけるわけで、ただ全体としてはトップダウンのほうを描き出す努力、というかそっちも取り入れつつやっていくというのが、文学とか哲学の問題なんです。
 ここまでがひとつの導入で、全然本論じゃないんですね。で、なんで導入をしてるかというと、途中から入ってくる人がいるんで、あんまりまだ真剣にならないようにと(笑)。
 それで、もう一個。「は」と「が」の使い方というのがあって、「は」と「が」というのは「私は暗い道を歩いていた」というのと「私が暗い道を歩いていた」というのです。大体小説の導入は「は」を使いがちなんですけど、僕は極力書き出しは「が」にしてるんですね。「は」と「が」の使い分けと言うのは結構みんな出来てない。僕の中学高校というのは結構外人さんの多いところで、外人さんというのは「は」と「が」の使い分けが出来ないんです。それは、「は」と「が」を感覚的なものと思っているからです。
 ニュアンスの違いというだけで、「は」と「が」の違いが起こっていると思っている人も多いんですけど、「は」と「が」は気分の問題じゃなくて機能の問題なんですね。「犬が走る」っていうのと「犬は走る」っていうのを比べたときに「犬が走る」っていうのは、犬が走っているのを“見ている”っていうのが基本の考え方なんですよ。で、「犬は走る」っていうのは、目の前に見ている犬のことじゃないんですね。犬というものは走るものなんだ、走ることも出来る、っていう“範疇”の問題で、「が」っていうのは視覚から始まっている問題なんですね。最近視覚のことを考えているんで、つい視覚に引き寄せられがちなんですけど。で、「私は暗い道を歩いていた」と書き出すのが一つの書き出しです。でも「私が暗い道を歩いていた」と書くと、そこでは当然センテンスは終われないから「私が暗い道を歩いていたら、変なおじさんが来た」とか書くことになる。一つにはそういう、まず導入でセンテンスに動きが出せる、というのが「が」の利点ではあります。それともう一つが「私は暗い道を歩いていた」というのは情景の提示になっていて、その「私は」と言っている「私」は実はその中にはいないで、暗い道を歩いている「私」を外から見るような機能になっているんですね。ところが「私が暗い道を歩いていた」と言うと、歩いている「私」を見ているんではなくて「私」がそのまま暗い道を歩いている、という風に伝わっていく。「は」と「が」というのは実は全然違うものなんですね。ものを書く人、小説を書きたいと思っている人は、「が」を使うほうが動きが出て、「は」を使うとあまり動きが出てこなくなる、ということを記憶しておいてほしいです。
 最初にこの講演の話が来たとき、「ことばと、ことばの向こう」というタイトルではなくて、「現代文学を巡る状況」という演題で話してくれ、と言って来たんです。そのことも2ヶ月くらい前にちらちらと考えていました。状況論というのはわりあいみんな好きで喋るんですけど、ホントに良くないんですね。状況論というのはつまり状況分析ということで、分析できる人が頭が良いという思いこみがあって、状況論をとうとうと喋ったりする人がいるんですが、マーケティングみたいなものなわけです。よっぽど凄い状況論というのは無いわけじゃないですけど、ただ僕は小説を書く人間ですから、状況論のことをいくら喋ってても駄目なんです。実際に状況がどんな状況なのかくらいのことは考えてはいるけれど、それを喋ってても僕は仕事にはならない。「状況がどうだから自分はどうすればいいんだ」ということが僕の仕事なんです。状況論を喋っている人いうのは、じゃあどうすればいいのか、というのはなかなか出て来ない。綿密に状況を分析する暇があったら分析は多少いい加減でも、どうすればいいのかを考えて、何かいろいろやってみる方がいいじゃないかと思います。だから「現代文学をめぐる状況」という演題で最初来たときには、これだけ喋って終わっちゃうな、と思っていたんですけど(笑)。
 ただ、状況論といってもいろいろあって、自分の書く小説が文芸評論家にも読まれて、あれこれ評論されるというのも小説家を取り巻いている状況です。評論家に評価されやすいような書き方というのも可能なんですが、僕の場合にはあんまりそういう人の評価を斟酌するというのが好きじゃなくて。「なんだ卑怯者」って思うんですよね。評論家が評論しにくいような書き方をしなきゃしょうがないじゃないか、と。評論家が評価しやすいというのはすでにある土壌の中で書いているということで、そういうことに満足できないんです。
 この「文学を巡る状況」というのをいくつか言っておくと、最近はもう言われなくなったけど、十年くらい前に、小説が読まれなくなって一体みんな何をしているんだって言われたことがありました。つまり、「小説のライバルというのは何か」ということです。みんな簡単に考えるのが映画とかテレビとかなんですが、これは全然ライバルじゃないんです。余暇時間の利用というので全く同じものなんです。
 出版社の人たちがどこまで意識的に言ってるかどうかわからないけど、五年くらい前から他のジャンルから参入してくる小説家がけっこういる、と。柳美里が芝居から入ってきて、町田康が音楽から入ってきて、安部和重が映画狂いから入ってきたという言い方をするけれども、これは全部同じものなんですね。広くとったとき、これらはすべて「文学」なんですよ。僕は映画もドラマも、そういう物語を語ったりするようなものは、基本的には全部衰退すると思っているんですけれども、小説のライバルというのはそういう映画とかテレビなんかじゃなくて、ホエールウォッチングとか、ガーデニングとか、余暇時間の利用法全般の問題だと思うんですよね。だから、そういう作られた物語で一定時間で完結してしまうものではなくて、今はそうじゃないもっと広がりがあるというか、世界そのものというと大げさになりますが、何かもっと違うものに流れていってるんですよね。問題はそういうことだと思うんです。
 そうやって文学が衰退してくると、気の効いた人が小説を書かなくなってしまうんですね。それがもう一つの小説の衰退の理由になってきます。ただ小説というのはまだ、かなりみんなに幻想がありまして、『Shall  we ダンス?』の周防正行とか芝居の三谷幸喜なんかも、自分の映画とかドラマをノベライズしている。つまり、彼らの中にも小説を書きたいという気持ちがあって、それは単に幻想だと思うんですよ。別に周防は映画を撮って映画で評価されれば十分なはずなんだけど、どうして小説を書きたいのかというと、それは小説に関わる幻想だろうな、と。それが一つ小説が支えられている理由なんです。だから僕はこの幻想を「ありがたいもんだ」と思っています。
 まだ今は小説というのはそれなりの幻想があるんで、小説を1作か2作だけ書いて、とりあえず小説家で有名になってから他の世界に行っちゃえば良いという考え方をしてくれる方が、もうちょと小説が活性化するんじゃないかと思うんですよね。そうやって人生を生きている人が石原慎太郎とか田中康夫みたいな人です。そういう射幸心のある人が小説の世界に参入して来ないと、小説はかなりヤバイんじゃないかと思うんですよ。射幸心っていうのは悪いことじゃなくて、それが全然なかったら狭い世界で先細っていく一方なんです。

 で、ここからが本題です。
 


その2


 三段階の同心円みたいなものを考えてください。一番狭いのが文学の言葉。それよりも広い同心円が普通の言葉です。文学に限らず、すべてのところで使われている言葉。で、その外にあるのが世界だというのを、非常に大雑把な図式でまず考えてみてください。
 言葉というのはすごく閉じる傾向にあって、また自動的に運動してしまうような傾向を持っているんです。「さんまのからくりテレビ」という番組で、「ご長寿早押しクイズ」というのがある。あの中で年寄りがみんなとんでもない回答をするんですけど、たとえば「大魔神・佐々木のいるセ・リーグの球団は横浜・・・」という問題で、「ベイスターズ」と答えて欲しいのに、まず最初のおじいちゃんが「横浜中華街!」と言うと、次の人が「南京街!」って言うんですね(笑)。他の問題のときには「手塚治虫の有名なマンガのヒーローは鉄腕・・・」「太郎!」と一人の人が言うと、次の人が「二郎!」と言っちゃうんです(笑)。それからもう一つは、「夏目漱石の小説『我輩は猫である』の導入部、「我輩は猫である。名前は・・・」」というのでは、おじいちゃんが「タマ!」と言って、次の人が「ポチ!」と言っちゃうんですね。「ご長寿早押し」は十問のうち六問くらいの風景が映るんですが、これには全部法則があるんです。
 あ、もう、一人帰っちゃいますね。

老人:つまらん!

保坂:すいません(笑)

老人:帰る!

保坂:期待してた話とは違ったみたいですね(笑)。で、その間違いの法則というのは言葉の自動的な運動なんです。「横浜」と聞いて「中華街」と言う。「中華街」と聞いた瞬間に「南京街」と言ってしまうのは、言葉自体が頭の中で勝手に動いてしまうんです。他に詩なんかでも韻を踏んだりしますよね。それも言葉の持っている面白さなんですが、普段でも韻を踏んだ言葉を聞くと面白かったりする。そういうのを洗練させていくのが文学だったんです。
 中国文学の人が書いていたんですが、中国文学では、二つのことを畳みかけないと言った気がしない。「空は高く、海は深い」とか「空は青く、波は白い」とか「天は長く、地は久し」とか。セットにしていかないと書くときも読むときも、なんか気が済まないっていう。そういう感じっていうのがだんだん内的な構造になってくるんですよね。その辺うまく洗練させてるのは村上春樹の語り口だと思うんですよね。あの「僕は何とかだったし何とかだった」って。それは割合、僕もやりがちなんですけど。ただそれは実は、文を作るときの一種の快楽原則みたいなもんで、ものの実態とはそのときに離れてっちゃうんですよね。
 で、言葉っていうのがどこまで物の実態を語り得るのかっていうか、世界と言葉がどっちが大きいのかって、僕がまず最初に、単純に同心円の内側に言葉を置いて外に世界を置いて、もっと広い広がりで世界っていうのを置きましたけど、言葉と世界は全くイコールの大きさであるっていう風に考えてる人達もいるんですよ。詳しくは知らないけど言語哲学の流れってのは大体、言葉と世界をイコールで考えてる。だから言葉で語れないものは人間にはわからない、人間にわかるものは結局言葉で語り得るものだけであるっていう考え方が、非常に大雑把な言語哲学で。何故だかここ十年間くらいは日本では言語哲学が、わりと新書になったりそれがよく売れたりしてるんですけれども。
 ただ、言葉が世界を語りうるっていう錯覚がどこから出て来たのかって言うことなんですが。犬とか、猫っていうのは、耳で聞いた音を口では再現しないんですよね。ワンワンとしか言わないわけですから。犬は、耳で聞いた音が口で再現できるとは思ってない。猫もそうですけど。耳で聞いた音を口で再現できると思ってるのは人間だけなんですよね。もちろん犬が「ワンワン」と鳴くっていうのは音の近似値なんですけど、とにかく耳で聞いた音を口で再現できると思っていて、だから誤解の出発はそこなんですよ。でね、だからつまり、耳で聞いて入力するものと出力っていうのは、別のシステムなんだっていうことに気がつかなければいけないんですね。
 で、こっからがね、僕の話がいつもアドリブ演奏みたいな大変なことになってくるんですけど(笑)。まず言葉ってのは、お母さんに話しかけられて言葉を喋るようになってくるんですよ。一応お母さんってことにしておきますけど。もちろん最初に自分から言葉を喋るわけじゃなくて、お母さんが「お腹空いたの?」とか「おしっこ出ちゃったの?」って言うことによって、子供は言葉が“何もの”かなんだっていうことを少しずつ学習していくわけですよね。言葉っていうのは基本的にはそのサイクルがあれば足りてるようなもんで、それによって世界を語り得るかっていうのは、何ていうか本質的な用途ではないんですね。もともと言葉っていうのは必要なものを、相手の必要なものを理解して、自分の必要なものを訴えかけるっていうために出てきたもので、そういう関係のものだから、それを使って世界とは何であるっていうことを言える保証はないんですよ。
 ところが、人間にとって最初に親から言葉を与えらて、それと同時に、自分が言葉の中に縛られるように入っていくわけですけど、そのときに人間にとって「言葉が贈与された」ということが、すごく基本的なこと過ぎて忘れてっちゃうんですよね。ものを考えるって言うときに、普通ものを考えてるって言うんですが、本当にものを考えてるのかっていうと、ほとんどは人から聞いた話を組み合わせ直してるだけなんですね。そこでも贈与の機能が働いてて、与えてもらうっていうのが人間にとって本質的過ぎるから、そこに気がついてないんですね。だから、特に哲学書を読むときに「考えてる」っていう風に思いがちなんですけれども、哲学書を読むときに考えているわけではなくて、あれは与えられてるだけなんですよ。本を通して読むっていうのは、映画を観るのとほとんど変わんないし、音楽を聴いてるのとも変わんなくて、一つの流れに乗って、そこである意味気持ち良い思いをしているだけのことなんですよね。
 だからインターネットの時代になって、初めて人間は、それぞれの人間が「考える」っていう事態に直面したんじゃないかっていう気もするんですよね。一つの本だったら全部セットでバッと与えられて、それを読み通して「理解した」ってどの程度のことを指すかわかんないけど、「理解した」っていう風に、結局満足感を得ているだけで、それは本当に音楽を聴いているのと変わらないですね。ところがインターネットみたいに情報がバラバラになってくると、読む人/受け取る人は自分の中でそれを構築してかなきゃなんなくなってくるわけです。考えるってのは、人からセットで与えられるものを持ち歩くことじゃなくて、色々バラバラにあるものを自分の中で作り直す、それを一つの集合体にしていくっていうようなことですから。でも、日本で哲学者とか評論家とかって言われる人の書いてるのを読んでみても、そういう考え方っていうのは驚くほどしてないですね。結局、各論と総論が実は別のことを言ってるとか、私の経験と誰かの言ったことが実は全然別なのにそれを平気で書いてるとか、それからここで誰かが書いてたことを普通の生活、動きの中に応用してみるとこれと同じことであるっていうのが、結びつけて考えてないですね、ほとんど。
 それで、言葉っていうのが実は世界よりも小さいという話をこれからしなければいけないんですけど。言葉を使う前の肉体っていうのは、言葉を知らない肉体っていうのが言葉の中に反映しているって言うか、痕跡を留めてるんですよね。もし言葉が、言語哲学者が考えるようなすごい透明なものだったら、あの人たちにとって言葉ってのはものすごく透明な感じがするんですけど、人間の五感で見るとか聞くとか匂いを嗅ぐとか肌でこうものを感じるっていうのが、言葉の中に全部おんなじになければいけないはずなんですけれども、ものすごい偏ってますよね。まず色を指す言葉で、赤・青・黄色だけじゃなくて浅黄色とか萌黄色とか茜色とかそれからショッキング・ピンクとかコーラル・グリーンとかっていう、色を指す言葉っていうのはもの凄く細分化しているんですけど、それに対して耳で聞く音を指す言葉になると、もう最近すでにもう僕は知らないけど、こう擦る音とかで、何とか音とか、擦過音とか摩擦音とかって言い方もあるけども、もう今はほとんどゴトゴトとかっていう、オノマトペっていう擬音ですませてしまっている。そっちのほうがある意味では多い音の種類を言えるんですけど、それが味になると「まったりと」とか丁寧に言おうとしておかしな言葉しか出てこなくて、ソムリエとか調香師とかだと別のテクニカルタームでいろいろ喋ると思うんですけど、視覚の言葉と聴覚と味覚の言葉っていうのはものすごく落差があるんですよ。
 あと視覚っていうのは「省みる」とか「試みる」とか言葉の中にも「みる」っていう言葉が入ってて、やはり「見る」わけですよ。そういうところにも、もし言葉が肉体に起源を持っていなかったら、そんなに「省みる」とか「試みる」っていうところで視覚ばっかりを使うことはないと思うんですよ、これは言語学者がいろいろ言っていることではないかと思うんですが。言葉というのは結局肉体に起源を持つ。今ある言葉の中に肉体起源の痕跡を留めているっていうことは、言葉に先行して肉体があったということなんですよね。それが一つ。
 結局こういうことを言ってて最終的に何が言いたいかっていうと、最初の結論で言った「私が死んでも世界はある」「私が生まれる前から世界はあった」ということを、僕自身が「自分が死んだら世界も終わりだ」と思わないためにずーっとあれこれ考えつづけているんです。唯我独尊というような唯我論っていうのは、哲学辞典とかで「唯我論」ってのを調べると、厳密な扱い方はぜんぜん別になってくるんですけど、「私が生まれたから世界は始まって、私が死ねば私と一緒に世界は滅びていく」というか「私が死んだら世界も消える」という考え方で、そういうことを理路整然と言われるとなかなかそれを否定し難いところがありますね。「だって死んだらわからないじゃん」って。「私が見ているところで起こることは私は知るけれども、私が見ていないところで何が起こっても私は知らないよ」っていう言い方も同じ発想であるんですけれども、私が生まれたから世界が生まれたわけではないんですよ。
 赤ん坊が言葉を覚える前に、赤ん坊はまず「私」じゃないんですよね。赤ん坊が「私」になるのは鏡像段階を経てからのことなんですよね。その最初に赤ん坊の中にあるのは、「お腹がすいた」っていう状態とか、「おしっこでおしめが濡れて気持ち悪い」とか、「何かを触って面白い」とかバラバラのものでしかなくて、そこには「私」はまずないんですよ。赤ん坊に話かけてくれるお母さんの方が自分より先にあるんですよね。赤ん坊にとって自分を取り巻く状況のほうが先にあるわけだから、私が生まれたから世界が生まれたっていうのは、そこでずてに事実誤認なんですよね。
 でも、これもそこまでしか言えないんですよ。それを結局理論としてではなくて実感してもらうというのが小説の仕事だから。僕が去年の秋から今年の秋まで、『世界』っていう雑誌で『世界のはじまりの存在論』というのを連載していて、その中でこういうことを書いていたんですけど。2月頃に『世界を肯定する哲学』というタイトルに変えて筑摩新書で出ると思うんでよろしくお願いします(笑)。僕にとってはあのエッセイを一年間書いたっていうのは、自分の小説を書くための準備作業で、たぶん僕は96年の始めに『季節の記憶』っていうのが雑誌掲載になってその半年後くらいに『残響』っていうのを書いてから、自分が小説で何を書いていいのかっていうのがあんまりよくわからなくなっていたんですよね。
 その過程で『もう一つの季節』というのと『私という演算』という本は出すことは出して、一見表面的には順調な作家活動を続けていたかのように見えていたかと思うんですが、本当はそんなに順調というわけではなくて、つまりこの後にどういう小説を書いていいかというのがあって。まず宇宙論とか遺伝とか、あと脳の話とかの話を読んでいる方が面白かったりするわけで、そういうものを面白がっている自分が、面白がって書ける小説っていうのがどういうものか、それがわからなければ小説を書く必要がないわけで、科学ライターとかになってしまえばいいわけですよね。そっちの方が面白いんだったら。そういうところは割合潔いところもあるんで、自分が面白いと思わなかったらそんなことはしてもしようがないじゃないかと思うんですけれども、それで『世界』に『世界のはじまりの存在論』っていうのを書いている間も、何のためにこれを書いているのかっていうのがよくわからなかったんですよね。それでも終わりの4回っていうのが、自分が何を考えていたのかっていうのがだいぶわかってきて。科学とかで言われる人間像とか世界像っていうのが、バラバラのものなんですよね。記憶の入り口はここにあって、ここで記憶は二週間溜められ貯蔵されて、そこを通り抜けていったものが長期記憶になって、そこで溜まりきらなかった、脱落したものは忘れていくってなことをいくら言ってても……。それ自体面白いんですけど、それとか脳に関する症例とかを読んでいると、人間の脳っていうのは精神みたいな統一体ではないっていうこととかはわかってくる。そのわかるってのが面白いというのは、赤ん坊のときにお母さんから言葉を贈与されてるのと基本的には同じ面白さでしかないんですね。それでも新しい情報を聞くってのは、とにかく面白いことは面白い。
 でも、ただそうやってると、今もうホントにNHKスペシャルなんかの脳の話とかを見てても、イメージされる人間ってのがなかなか出てこなくなっちゃったんですよね。記憶のこととか技能のこととかって、細かいことは色々解明されていくんだけども、じゃあ人間という統一像っていうのはどういう風になってるのかってのがわかんなくて。で、その人間とか世界っていう統一像を、それを知った上で書くっていうのが小説なんじゃないか、という風に僕は考えたんです。わかりやすい例かよくわかんないけど、直角三角形ってのは図形で書くとこういう直角三角形なんですけど、数式で書くと「aの二乗+bの二乗=cの二乗」ってことになって、これでは直角三角形はイメージされないわけですよね。直角三角形を生まれてから一度も見たことがない人に「aの二乗+bの二乗=dの二乗」っていう式を見せただけで直角三角形ってのはイメージできないわけなんですね。すごく大雑把に言ってしまうと、今の脳の科学とか遺伝の話ってのは全部、そのレベルの記述だけに終わっちゃっていて「じゃあ」ってのは何も出てこない。ぼくの考えている、ぼくの考えてるっていうのも何か荒っぽいんですけど、記憶とか意識とかってのがどういうものなのか、というようなものは出て来ないんです。


その3
まず、ぼくの考えている人間像ってのは、基本的にはバラバラなものなんです。で、そのバラバラなものが何となく「私」のようなつもりでいるっていうところがミソなんですが。例えば記憶だと、記憶は脳の中にあるって考えがちなんですけど、確かに脳は脳なんですけど、ネクタイの結び方っていうのは、手を使わないと脳の中では再現できないんですよ。僕なんかはネクタイ無しで手だけでは、もう既に結び方を再現できないんですけど。今記憶の分類で「技の記憶」って言いますよね。で、その技の記憶っていうのは物との行為の最中にしか存在しないような記憶なんです。自分の頭の中だけにあっても、あんまり意味のない記憶とも言えるんですけど、それが一つ。記憶ってのは完全に脳の中にあるって言い切れるのかっていう疑問をいくつかこう、これから挙げてくわけですけど。
 犬とか猫ってのは、経験したことを日だまりで昼寝しているときには全部は記憶してないし、思い出すこともないだろう、と思うんですね。ただ、危険な音を聞いたら記憶を思い出す。でも、危険な音なしに犬や猫が危険なことを思い出すことはまずないだろうと思うんです。それとか、危険な場所があって危険な場所に近寄らないっていう知恵も、知恵っていうか記憶も、犬や猫は持ってるけれども、その場所にいないときにそれを思い出すっていうことは犬や猫は多分してない。多分、絶対してないはずなんです。「絶対してないはず」って言い方はおかしいんですけど(笑)。それで人間ってのは動物の延長にありますから、人間にもそれが残ってるんですよね。で、どういう風に残ってるかというと、あの、慰霊碑ってのを立てるでしょ? 戦没者の慰霊碑とかって言って。それはあの、例えば沖縄のひめゆりの塔とかを、ひめゆり部隊のためのひめゆりの塔って言って。あと、交通事故の現場とかに、ガードレールに花を供えてあったりしますけども、それももし全ての記憶が脳の中にあるって完璧に言い切れるんだったら、現場に花を供える必要はないんですよね。全然。それは、どこか場所との何か独特の記憶の回路ってのがあるっていうことなんじゃないかと。
 物だと、お父さんの形見の品、形見の万年筆とか形見の時計とかって言って、これだって、時計は時計なんで何でもないんです。お父さんが良く使ってたって言っても、何でもないっていうつもりになれば、ただの時計だって言えるんですよ。でも、それを「お父さんの時計だからこれは捨てられない」「お母さんの着物だからこれは捨てられないって」いうのは、何か物との関係の中に記憶があるんですよね。あと時間なんかでも、終戦記念日の12時に、高校野球をやめてみんな黙祷しするし、あと原爆が落とされた日に、8時何分とかにみんな黙祷するのも、それはやっぱり時間に対する、時間との関係での記憶っていうのが人間以前の過去にあったんだろうと思うんですね。動物的にあったからそれをいまだに引きずって、そういう風に考えそういう行事を続けるんじゃないかと思うんですね。
 関係ないけど僕、今、「敗戦記念日」って言わずに「終戦記念日」って言ったんですが、僕が別に国粋主義者だから終戦って言ったわけじゃなくて、日本列島に住んでる人たちで、敗戦と思ってない人もいるでしょ? 在日の人とか、それから、もしかしたら沖縄の人とか、アイヌの人たちも、敗戦とは思わないで「ああ、やっとこれで戦争が終わってくれた」と思ったかもしれないわけで、その人たちもみんな日本列島に住んでる人たちだから、ぼくは敗戦って言う方がむしろ単一民族的な発想でよくないんじゃないかって最近思ってて、だから終戦って言うようにしてるんですけど、全然関係ない話ですが。
 それで、記憶ってのは脳の中にホントにあるって考えていいのか? そういう風に考えるとどこかで何か計算の破綻が起きちゃうんじゃないかっていう感じがするんですね。僕は別に計算式とかは作らないけど。だから外との関係でやった方が、場所とか物とか時間とかに記憶をこう、預けるような感じに考えた方が記憶ってものの像がむしろちゃんとしてくるような気がするんですね。
 あと、もう一個。僕が子供の頃に庭で遊んでいて、家の中に母がいるんですけど、庭で遊んでいる僕にとっては家の中にいる母っていうのは見えてないんですが、記憶の中では庭で遊んでいる自分のことも、家の中にいる母のことも、両方とも見えちゃってるんです。それを便宜上、記憶の「全知感」、全知全能の全知感というように、僕は自分で呼ぶようにしてるんですけど、記憶には自分が実際には見えてなかったはずのものも見えるように作ってることが多いわけで、これはだから科学的に考えるとすごくおかしくなってくるんですが、見えてないものも見えるように、記憶っていうのはつい作られるんです。それは意識して作ってるわけじゃないですから、思い起こそうとすると自然に見えてないものまで、例えば自分の後ろにあったものとか、あるいは自分のことを上から見ているように見えたりするっていうのは、それは記憶にとって何か必要があってきっとそうしてるんだと思うんです。あんまりこういう言い方をしてると宗教者みたいな誤解をされそうでちょっと心配なんですが、全然そういうつもりはなくて、むしろ僕は自分のほうがより科学的だって思ってしゃべってるんですけど、記憶の中を思い出すとき、何か必要があってきっとそうしてるんですよね。自分が見えてないものも記憶の中で思い出すときに見えてるっていうのを考えると、記憶を守る機能もきっとその中にはあるんだろうし、あと自分という人格を守るためにもそれは働いているんではないかと思うんですよね。
 記憶についてはだいたいそういうことなんですけど。この記憶のイメージってのが、「記憶ってのは脳の中にだけある」っていうと、すごく自我をこだわってるように僕は感じるんですね。記憶は「物にあるんじゃないか」と言ってみたり。「自分を上から見下ろすようにもなっている」っていう風にして考えるほうが、現在の「「私」を保証するのは記憶だけだ」って考え方とかなり変わってきて。だから「私が死んでも世界はある」っていうことは、自我に対する強いこだわりをどうやって薄めるかっていうことでもあるんですよね、僕にとっては。自分の自我というよりも世間一般の自我ってことですけど。
 それから意識の問題なんですが、意識ってのはこれを見て「コップ」っていうのは考えるより前に、もう思っちゃってるんですよね。意識してコップと思ったわけではないんです。意識する前からもう「これはコップ」って思ってるんですよね。これはもうほとんど視覚だけの話っていうか、さっき言ったボトムアップの考え方だと、丸くて上が開いてて下が閉じててっていうような、このコップっていう形状を部分で分解して考えてくんですけども、ある程度のところで視覚のストックから引っ張ってきて、こうファイルから出すみたいな感じで、「こういうものはコップ」ってひと目で思うようになってるんですね。これってボトムアップとトップダウンの関係なんですけど、その両方の機能を視覚がやってて「このコップみたいな形、こういう形って何だっけ」ってファイルを瞬時にして探して「あ、コップだ」って思うっていう、意識する前にそういうことはもうやってくれてるんですね。そこには意識は介在してないんですよ。そういうことは猫でも犬でもできるんですよね。
 あと、映画を観てて、車が走っていく映像があってそこに「ギギギギギ」って音がすると「あ、タイヤの軋みだ」とかって思うんですけど、今は同録が多いけど基本的には映画ってのは、映像は映像、音は音で別々に録ってますから、それをくっつけるのがモンタージュで、車が走ってって「キキキキキ」って音がしたらタイヤの軋みだって思うのも経験的にそれが一番多いからそう思うんですね。車が走ってて「キキキキキ」って音がしたときに「あ、アスファルトが割れてき」たって思う人はいないわけなんですよ。アスファルトが割れるときに「キキキキキ」って音もしないわけだし、その判断というのも判断以前のものですけど、それも意識しないでやってるんですよね。意識しないで車が走ってく映像が映って「キキキ」って音がしたら「あ、タイヤから音がした」って思ってて、ついでに言っておくと、映画で車がこうやって走っていって「キキキ」って音がすると、音はほんとは両側から出てるんですけど、前から出ているような気持ちもしてて、それも全部意識以前のことがやってるんですけど。あとほかに、こうやって近づくと目を閉じちゃうとかっていう反射の機能とか、あと条件反射とか、そういうのも意識以前に全部起こってることで。
 で、そうすると、意識ってのはいったい何なのかって思うんですよね。言葉も、だいたいユニットで入っちゃってるわけだから「人を見たら」と言われたら「泥棒と思え」とか、それが変な風にランナウェイすると「横浜」って聞いて「中華街」って言うような年寄りになってっちゃったりするんですけど。でもそれは基本的にはおんなじ機能で。言葉もユニットで入っていて、意識以前にだいぶ、ほとんどのことが自動的に起きてるんですよね。
 それは、人間ってこの生体の反応の中で、これをコップと思ったり、画面と音をモンタージュしたりするってのは、全部独立に機能してるんですよね。それを例えると、オーケストラでそれぞれがこう、ヴァイオリンが音を出したり、チェロが音を出したり、トランペットが音を出したりっていう、それぞれのことがやっている。ものを考えるときにモデルってのが必ずあって、オーケストラっていう比喩をここで出してくると、やっぱり指揮者が必要なんですよ。つまり、「意識ってのは指揮者のことなのか」って、やっぱりつい思うんですが。世界中の音楽のことをよく知ってるわけじゃないんですけど、全部人から聞きかじった知識ですが、指揮者を使って演奏をするっていうのが、ヨーロッパに起源を持つすごく特殊な演奏形態なんですよね。
 オーケストラってイメージをたとえば出してくると、どうしてもそれを束ねる指揮者みたいなものが必要になってくるんだけど、実はそうじゃない演奏形態ってのは色々あって。ジャズなんかのアドリブだと、目と目を合わせるだけで「じゃ、終わりにしようか」とか、もう一人が「もうちょっとやろうよ」みたいなことでやってたり、音の流れで「あ、そろそろ終わってもいいころかな」とかって誰かが思って目で合図するとかっていうのは、指揮者のやり方とはぜんぜん違うもので、インドネシアのガムランなんかでも、こういう立てたバイオリンみたいな弦楽器を真中へんで弾いてる人がいるんですが、一応それがリードしてるっていうことになってるけど、それはオーケストラの指揮者のリードのようなものでは全然ないっていう風な話を聞いたんですが。
 意識っていうのは、ただそれぞれの生体に強く組み込まれた機能が独自に働いているときの、その状態のことじゃないかと思うんですよね。そういう機能を意識が束ねてるわけじゃなくて、世界を感知する、状況判断する力は意識しないで先に起きてることだから、僕が『世界のはじまりの存在論』のなかで意識のことを書いたときには、無事に音が鳴っているときに指揮者がただぽつんと立っているような状態、とにかく無事に音が鳴っている状態が意識で、特定の部位の問題ではなくて、ただそういう反応が色々続いてるときの状態でしかないんではないか。「でしかない」っていう言い方もちょっと変なんですけど。
 そういうものなんじゃないかっていう、記憶と意識の二つの人間観・人間像を、僕はそのエッセイの連載で考えてて。で、これから書く小説ってのは、それに基づいたって言うと変なんですけど、そういう風に考えちゃったわけだから、そういう風に考えた人間が書くような小説がどういうもんだろうという風に、一応次の自分のやるべきことがわかってきたんですけど。記憶とか意識をそういう風に考えることが、たぶん「私が死んでも世界はある」「私が生まれる前から世界はずっとあった」っていう、そういうことを実感するのに近づける人間像なのではないかというふうに僕は思ってるんですけど。
 なんでそう思ってるかっていうと、その辺の根拠は薄弱といえば薄弱だし、強固といえば強固なんです。「おんなじ自分が考えたから」ということなんです。矛盾しているようでもあるんですけどね。僕は普段はそんなにものは考えてないっていうか、考えてることしかしてないともいえるんですが、考えてないともいえるんですけど。少なくとも「私とは何か」みたいなことととかって、めったに考えたことなくて。今疑問に思ってることはどういうことなのかっていうと、だから「記憶っていうのは本当に人間の頭の中だけにあるのか」ってずーっと思ってると、慰霊碑とかガードレールの花とかって浮かんできて、「違うんじゃないの」って思うわけなんですけども。そういうモードに入ってるときのおんなじ人間が一応考えたことなんで、たぶんそういう記憶と意識の人間像っていうのが「私が死んでも世界がある」っていう感じときっとつながっているのではないかっていう。僕の予想でしかないんですけれど。
 で、なんで『世界』で哲学みたいなことを書かなきゃなんなくなったのかとかっていうと、エッセイにも書いたことあるんですが、小説っていうのを、ただお話として読む人が多いんですよね。
 あ、実は僕のホームページが8月からありまして、アドレスはですねぇ、http://www.k-hosaka.com/です。そこでメール小説も売ってるんですが、ほかにも読むとこは色々あるんですけど、そのホームページの運営費ってのは、メール小説の売上げしかないんですよ。だから、みなさんどうかメール小説を買ってください。そうしないとホームページが維持できなくなってしまうんです。忘れずに言えて良かった(笑)。
 で、ホームページ読んでると、僕の小説読んでる人たちは、実は僕の小説をお話として読んでないで、もっと、結構リアルな感じとか、切実な感じとかで、読んでくれてて。ただそれはホームページでそういう意見を聞くまで僕はわかんなくて、文芸評論家とかの書いてるのってのは、結局小説を閉じた言葉の中で読んで、最低の文芸評論家ってのは出来の良し悪ししか言わないんですけど。そういう最低の人は論外として、でもそういう人もたくさんいるんですけど。その作品の中、小説の中で、人物がなんでそんなことにそんなにこだわるのかっていうことを、すごくはっきりと書かない限り、評論家ってのはそこを読まないんですね。だから、小説ってのがこういう風にしか読まれないんだったら、小説家ってのはもっとちゃんとものを考えてるんだってことを、読者に対して考えて見せなきゃいけないって思って、『世界』のエッセイを書いたんですけど、評論家以外の人はちゃんと読んでますね、小説を。僕の感じだと。で、思えばそういう風に読まない限り、小説なんてのは読まれるはずがないんですよやっぱり。だから、これは良いの悪いのとかっていう風な評価をしたくて読む人は職業人だけかなと思うような感じがしました。え〜、これで、話を終わります。どうも、ありがとうございました。

質疑応答編


司会者:保坂さん、どうもありがとうございました。それでは会場の皆さんから保坂さんに質問をいただきたいと思います。質問のある方を挙手をお願いいたしいます。

質問者1:さっき唯我論の話が出ましたけど、唯我論の人たちが言う世界っていうのは、自分が死んだら世界もなくなるっていうときの世界、つまり自分が感じる自分だけの世界で、個人個人がそれぞれの世界を持ってるっていう意味の世界だと思うんですけど、そういう意味では自分が感じた世界がその人にとっての世界っていうのは、合ってるような気がするんですが。保坂さんが言うときの世界っていうのは、どっしりとしたひとつの真理みたいな、そういう世界っていう意味で世界と言ってるんですか。

保坂:真理というか、真理もへったくれもなくて、まさに「ある」世界ですよね。自分が感じるとか感じないを別にして、自分や自分以外の人たちにエネルギーとか情報を供給しつづけるもとですよ。宇宙。あなたのおっしゃるのは観測問題みたいなのに結構近くて、記述可能な範囲のものになってくるでしょ。そうじゃなくて、なんていうか、僕のお袋と、字を読めなかった僕のおばあちゃんといまの僕がおんなじ場所にいたとして、感じるのとは別に、ありますよね(笑)。

質問者1:具体的なイメージがわかないので、よくわかんないんですけど。

保坂:それ困るんですよね。それはやっぱり、イメージを伝えるために僕はもっと言葉を尽くさなければいけないんだけれど、いまは「だってあるじゃん」としか言えないんですよね。人が感知するから世界があるんじゃなくて、感知する以前も世界はあるわけでしょう。これは、たとえば言語哲学の人なんかと言い合いをしたら、ずっと終わんなくなってくんですよね。考えの立ってる場所が、相譲れないくらい違うものなんで、あなたが僕に対して論争を仕掛けようという意識とぜんぜん別に、それをわからないっていうのは当面いまの僕には伝えようがないんですよね(笑)。

質問者1:あの、論争を仕掛けたくてやったわけじゃないんですけど。

保坂:いやそれはわかってる。仕掛けようとしたらそんな質問の仕方しないわけなんで。ただ、論争を仕掛けようという人だったら、ほんとに相譲れないくらいに違うんだけれど、でもそれと同じくらいやっぱり、あなたと僕は違ってるんですよ。それが実感できないっていう人は、いまこの時点では少なくとも僕の思い描いているものとはかなり違ってるから、実感できないってのは、実感させられないんですよね(笑)。

質問者1:わかったようなわかんないような感じですけど、どうもありがとうございました。

保坂:いいえ、すんません(笑)。

質問者2:はじめまして。反射的に手を上げてしまったような感じなんですけど、これも、言葉のつながりというよりは、肉体的な反応みたいなものかもしれないですが。
 今おっしゃってた、保坂さんが一番こだわっているということがわかるという風に仮定して聞きたいなと思うし、今日聞いてて非常によく実感できたんですが。自分が仮にいなくなっても世界は存在しているかどうかっていうことに、なぜこだわるのかっていう気持ちが、なんとなく私のほうにはわかったんですけれども、そういう風に思ったときに、分野的に言うと認知科学とか、あるいは先ほどおっしゃった言語哲学とか、そういったものの方をやっぱり僕は読みたくなって、いろいろ読んでしまいます。そういう方向で、先ほどおっしゃった、自分がいなくなっても世界っていうのは存在してるんだなっていうのを、観念じゃなくて、生活上の実感として何かわかりたいというような目的のためには、そういう本はやっぱり少しは役に立ってるような気がするんですね。保坂さんの本の中で、やはり『アウトブリード』という本が、僕が何冊か読ませていただいた中ではそういう風な実感を与えてくれていると思うんですね。今日ずっと保坂さんが意識とか記憶とかいうことで、つきとめようと言うのか、何かこう到達しようとしているものに到達するための方法と言うか、言葉の向こうというものが実感として何か感じられる方法として、たとえば『猫に時間が流れる』という小説を書くということよりも、『アウトブリード』という形で分類されているものを書く方が、近いんじゃないかなっていう風にもちょっと思ったんですが、そこはいかがですか?

保坂:えーとね、まあ、僕の答えは逆ですって感じなんですけど。

質問者2:そうじゃないかなと思うんですけど(笑)。なんでなんですかね、でも?

保坂:僕がエッセイで書くことが、難しいって言われることは多いんです。小説ならやさしく書くのに、エッセイはえらい難しいとか、そういう言われ方をすることが多いんですけども、一つ言えるのは、僕がエッセイで書いていることは、全部小説を書きながら考えたことなんですね。で、エッセイを書きながら考えることというのは、ほとんどない。ただ、今回一年間エッセイだけ書いてたから、どうしてもその中で考えざるをえなかったような流れになっちゃったんですけど、でも小説を書き出してみるとやっぱり、その十二ヶ月かけて書いたことが、もっと簡単に言えてるような気がするんですね。ただそれが、伝わりにくいんですよね。でも、とにかく僕のエッセイが難しいからといって、僕が同じ分量書くのにエッセイの方が時間がかかって、小説の方が時間が短いと思ってる人が多いんですが、それは全然逆で、エッセイは簡単に書いてるんですよ。
 小説にはそれなりに拘束もあって、一応僕が目指してるのは、目指すというか意識してるのは、ぼんやり読んでも読めるという線を外さないようにしてるんで、それが時間がかかるんですよね。注意して読まなければわかんないってだけだったら、もっと簡単に書けるんですけど。それと、やっぱり小説には、さっき言った言葉が閉じるとか、中国文学で「空は高く、海は深い」っていうような、思考が韻を踏むような感じってのがどうしても小説の中に必要で、それがなんか右脳的な部分みたいな感じがするんですよ。だから、それも完璧に壊しちゃうとなかなか小説にならないんで。完璧に壊しきる勇気がないと言ってもいいのかもしれないんですが。だから、とにかく、僕は小説書く方が圧倒的に時間がかかるんです。エッセイは、基本的には小説書いた残りカスみたいなもんだし。実際に、エッセイを書き終わってみて、小説書いてみると、エッセイで書いてたよりもはるかに鮮やかに小説の中では言えてしまったなあっていう気はするんですけど。
 『<私>という演算』と『もうひとつの季節』っていうのが同じ時期に出て、結局書評では『<私>という演算』の方しか出なかったし、まあ、「この人はなんとモノを考えてる人だ」みたいなことも書かれたんですけど、『<私>という演算』よりも『もうひとつの季節』の方がモノは考えてますね。あの中で言われていることよりも、『もうひとつの季節』の中で言ってることの方が、僕ははるかに豊かなことだと思うんですけれども。そんなところです。

質問者2:次の作品を腰を据えて読ませて頂きたいと思います。

保坂:ありがとうございます(笑)。

質問者3:『エレキング』っていう雑誌で、水越(編注:水越真紀、評論家)さんと対談してたのが、すごい楽しみで読んでたんですけど。『エレキング』が休刊になっちゃったじゃないですか。で、ああいう感じの、エッセイでも小説でもなくて、毎月読める保坂さんの対談みたいなのは、今後やる予定とかないんでしょうか?

保坂:僕は、小説は、注文がなくても自分でやるんですけど、小説以外の仕事はすべて注文があるからやるという、受け身一方、ほぼ100パーセント受け身なんで、そういう話が来れば、やるかやらないかを考えるけど、話が来なければやらないんで、今んとこ来てないから、今んとこ予定はないです。
 『エレキング』が休刊になったってのは『エレキング』が届いてわかったんだけど(笑)。もともとお金なんかもらってないからどっちでもいいんですけど。水越さんからは『エレキング』が休刊になったよって話はまだ来てないんですよね(笑)。近所に住んでんですけど。彼女は僕が『エレキング』が休刊になったことをわかったことを知っているんだろうか(笑)、という感じですね。ただ、あの『エレキング』の対談ってのは、全然歩調が合ってないんですよね。ま、それがいいって話が多いんだけど。水越さんとはかれこれ二年間喋ったんですが、喋れば喋るほど、戦後民主主義の申し子みたいな発想をしていて、考え方が全然違うんですよ、僕とね。あれだけ噛み合わない話っていうのは、一応知り合いだからと思って喋ってるだけで、実りがあるのかなって感じがするんですよね(笑)。で、『エレキング』の発音が、『(上がり調子で)エレキング』って言ったり『(下がり調子で)エレキング』って言ったりするぐらいで『エレキング』ってものが僕の中に定着してないんですけど、あの対談をどうしてはじめることになったかというと、水越さんの旦那が三田格っていう男で、三田と水越さんと僕の三人で、豪徳寺のドトールコーヒーで話をしてたんですよ。そしたら水越さんと僕の会話がしばらくつづいちゃったんですね。そのときに三田が「ねえ、隣に座ってたおばさんがさ、すっげえ面白そうに聞いてんだよね」と言ったという、そこからはじまった話なんで(笑)。まあだから何について喋るってことは全然関係なかったんですけど。そんな感じです。

質問者4:世界と自分が、言語とか視覚とか聴覚で媒介されてるというようなお考えだったと理解したんですけど。密着してるっていうか、世界と身体というか、言葉だけがランナウェイしてくっていうような言い方されてたんですけど。その視覚とか聴覚とかと言葉との関係というのが、よくわかんなかったっていうか。金井(編注:金井美恵子、作家)さんとか笙野(編注:笙野頼子、作家)さんとかを「エクリチュール派」として一括されてたんですけど、あの人達は自覚的に、言葉が外から与えられてるってことを意識して書いてると思うんですけど。ああいう態度は、傲慢な態度と思われるんですか。

保坂:傲慢というかねえ。メタフィクションになりがちな人って感じなんですけど。やっぱりねえ、言葉の中にしか世界がない。ジョン・バースが、「小説というのは一つの世界を作りあげることである」という言い方をしたんですけど、そういう感じだと思うんですよね。まあ、今ちょっと関心がないんであんまりよく答えられないんですけど。とにかく、一応、書くことってのは破綻をきたしても、その先にあることの方を考えてないと、とにかく、うまく出来たものしか出てこないんじゃないかというのが、いまの僕の感じなんで。あんまり答えになんないですけどね。でもなってるか。

質問者5:えっと二つあるんですけど。まず一つが、保坂さんはどういう音楽を聴かれるんですかってことなんです。『エレキング』をやってらっしゃったんですけど、テクノはどうでしょうか? お聴きになられるでしょうか? あと二番目は、仕事の話が来たらやるっていう風にさっき言ってらっしゃいましたけど、これから映画の話とか何か来たら、されるつもりとかありますでしょうか。

保坂:はい。なんかね、ちょっと質問に答える前に。質疑応答してると段々僕が先生になってくような気がして。僕は別に、正解を考えてるわけじゃないというか、考えたことが正解だと思うからここで喋ってるわけではなくて。とにかく、なんていうか、僕のご先祖さんは足軽だったんですけど(笑)、大阪夏の陣のときに山梨から出ていって、それっきり帰ってこなかったっていうご先祖さんで(笑)。その後冬の陣が、逆かな? あったときに、帰って来ない旦那さんを追いかけて、奥さんがその軍勢と一緒に行ってしまって、子供だけが残されたっていうのがうちの系図のはじまりなんですけど(笑)。なんかねえ、僕は自分のやってることがすごくねえ、足軽のような感じがしてるんですよ。情勢を見ながら指揮をするとか、そういう立場の人間のことを嫌いだし、自分もなりたいとも思わなくて。とにかく、好きなのは足軽のように先走ってワーッと行って、運が良ければ生きてました、っていうような感じなんですね。だから、僕が考えてることを、正解とか何とかっていう風には思わないで下さい。
 で、いまの質問は先生みたいな感じとは全然違うんですけど。音楽は、うーん、前は音楽をかけながら小説を書くことが出来たんですけれども、四十歳になったぐらいから、音楽がかかってると、書けなくなっちゃって。たぶん集中力が衰えたんじゃないかと思うんですね。だから今は、小説を書いてる間は音楽をかけないので、音楽を聴いてる時間ってのはガクンと減ってしまって。せいぜい本を読んでる時間ぐらいで。テレビを見てる時間は音楽聴けないから。僕の場合、大半がテレビを見てる時間なんですね。だから、音楽は本を読んでるときなんですけど、本を読んでる時間というのは僕の場合一日に十五分か三十分ぐらいしかなくて。大きい声じゃ言えないんですけど。だから書評とか来られると、こりゃ断るしかないんで。でも小ちゃい声で言っても、全部聞こえるんですけどね(笑)。だからほとんど音楽聴いてなくて。テレビでかかる音楽ってのは割合、歌謡曲とかJ-POPみたいなのはけっこう目と耳には入ってんですけど。小説を書きながら音楽かけてた頃は、主に小説書きながらかける音楽ってのはメロディアスだとダメなんで、フリージャズかルイジ・ノーノとかみたいなほとんどメロディのない現代音楽ってのが多かったんですけど。でー、今はCDは、プレイヤーが2台あって、ひとつが内田光子の弾いてるシューベルト。もうひとつの方にこないだ貰ったゴメス・ザ・ヒットマンのが入ってて。あともう何だったかな? 大体いつも三枚ぐらいをとっかえひっかえかけてるってな感じですけど、何しろ一日十五分ぐらいしか聞かないので。
 映画の方は全然ダメなんですよ。ほんとに見る気がなくて。これは一度、阿部和重と対談したときにしゃべったんですけど、キアロスタミの「オリーブの林を抜けて」かを見たときに、なんか映画に関する関心がほとんど終わってしまったんですね。「オリーブの林を抜けて」っていう映画はものすごくいい映画だと思ったんですけど、でもそういうのと関係なく「あっ、もう映画には何も期待するものはないな」っていうような。結構僕は真面目に見ちゃうんで、クリント・イーストウッドとか娯楽で見るっていう範囲だといいんですけど。でもなんか少し真面目な気分だともう映画は見るもんなくなっちゃったんで、映画評っていうのはしないでしょうね。見に行かなきゃいけないしね。ビデオもらっても、とにかく見なきゃいけないんで、ダメなんですよね。すいません。

質問者6:保坂さんの名前を僕が一番最初に知ったのは、橋本治さんの講演をプロデュースしてる方って形で知ったんですけど。最新作の『生きる歓び』っていうのは橋本治さんの方にもおんなじような題名の小説があったと思うんですけど、その辺なんか意識してとかっていうのは・・・。

保坂:あ、それね、全然知らなかったんですよ。

質問者6:そうなんですか(笑)。じゃあ最近の橋本治さんの著作についてとか、なんか感想やどういう風に見てるとか。今日お話されて保坂さんと橋本さんの考え方に近いものがあるかなっと思ったんで、お聞きしたいんですけど。

保坂:橋本さんについては、昔は僕は大好きだったんですけど、93年ぐらいに『文藝』のインタビューで、ラシュディの問題だったか、それともラシュディを翻訳した五十嵐一って書いて「ひとし」って読むんですけど、五十嵐一さんが殺された問題に関してどう思いますかっていうアンケートがあって、それに対して橋本さんは「僕の見てないところで何があっても僕は知らないもん」っていうことを書いてて。それっきり僕の中での橋本治に対する関心はほぼゼロになってしまったんですね。それと前後して、僕は「私が死んでも世界はあるんだ」っていうことを考えるようになったんで、橋本治のあのアンケートの一言ってのは僕にとってはものすごい大きいものではあったんですよ。そんな感じです。

質問者7:こんにちは。私も二つ質問があるんですけど。まず一つは、先ほど「評論家は良い悪いで判断するからあまり好きではない」という話をされていましたよね。では評論家という人たちは、実際どういうものは良くてどういうものが悪いと判断されているんでしょうか。

保坂:もう僕は概念でしか評論家のことについてあんまり考えてなくて、文芸評論とかをほとんど読まなくなってしまったんで、具体的にいいとか悪いとか思い出せないですね。ただ、文芸評論家には明らかに二種類いまして。いい悪いだけを言ってる人というのと、すごく大げさな言い方をすると小説家と一緒に戦ってるっていう気分を持ってる人がいるんです。僕は作品の良い悪い、出来の良し悪しとかと関係なく、小説家はこういう風に考えてるんだっていうことを読もうとする石川忠司とか守中高明とか。彼らはそういう人ですね。福田和也っていうの一見そうでないようで、実はそうなんですよ。スガ秀美とか渡辺直己っていう人も点数つけたりするからそういう人と思われがちなんですけど、そうではないんです。ひどいのは、川村湊っていう法政大学の国際学部長になった人とか、それとよく似てるのは大杉重男っていう若い人とか、ホントに出来不出来でしか考えてない、っていうか読まない。彼らはホントに一緒に戦う気もないし。「戦い」って言い方変なんだけどでも、こっちが考えてることを一緒に考えるっていう気持ちがないような人は、僕はダメって言ってんですけどね。評論家が点をつけるとかいうと、それはすごく不遜な態度と思われがちなんですけど、点をつけるってことは評論家はものすごい危険を冒すわけです。自分の読みに対する評価を外に対してさらすっていうのもあるし、パーティーなんかで掴み掛かられるっていう二種類の危険を冒すわけだから(笑)。評論家ってはっきり物を言う人ほどいいんですよね。そんな感じなんですけど。(大塚英志の名前を出すのを忘れました。彼の『サブカルチャー文学論』(まだ出版されていないけれど)は、今後小説家は避けて通れない評論になると思います。)

質問者7:あの、最初の方にですね、物事を比喩にして考えるのはダメだ、とおっしゃいましたよね。保坂さんのおっしゃっている比喩というものはどういうものでしょうか。

保坂:人間の思考ってのはどうしても、ある程度モデルに置き換えざるを得ないわけですよ。オーケストラみたいなことみたいに。ただ、置き換えたっきり戻って来ない人のことを言ってんですよね。何にでも比喩は使えちゃうわけですよ。その比喩はどういうことかっていうと、ラカンの理論を日本の国民の意識の成り立ちみたいに、イデオロギーの成り立ちにそのまんま当てはめてしまうのを比喩的な思考という風に僕は言ってるんですけど。ラカンの理論は鏡像段階というものの理論であって、イデオロギーが作られるときは別の要因がいろいろあるんですよね。国民に頭頂葉はないわけですから。で、それをそのまんま置き換えるっていうのが比喩の思考という風に言っていました。

司会者:それでは、時間の関係もございますので、以上の質問で打ち切らせていただきたいと思います。もう一度保坂さんに大きな拍手をお願いいたします。

保坂:どうもありがとうございました。
 


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