◆◇◆試行錯誤に漂う24◆◇◆
「みすず」2014年12月号
出会い三題

 前回の死刑囚の絵の話でおせち料理とお菓子の袋の絵を描いた人がもう一枚、あるいはさらに一枚、窓から見える鉄格子の向こうの壁の絵を描いたのがその人だったようなそうではなかったような書き方をしてそれはそれっきりになった、あれを書いたとき私は記憶が少し自信がなかった、今は壁の絵は間違いなく同じ人だと言える、絵の道具が色鉛筆であったこと、絵のタッチが同じであったこと、しかし時間を経て記憶が確かになるのはどういうことか。
 読売新聞に連載した『朝露通信』はおもに自分の子ども時代のことで私は記憶していることを書いたが書き終わると記憶が修正されているということを二、三回前のこの連載で書いた、それとはまた別の記憶の変化・修正で、記憶は近いと不確かなものが私は生々しい、遠くなるとその不確かなものの生々しさが遠のき記憶として定着するということかもしれない、ということはあの壁の絵が間違いなく同じ人だと思うことは記憶がアテにならなくなったことを示唆してもいる。私は前回壁の絵のことまで触れなかったのは記憶が不確かだったからでなく別の理由だ。
 房の窓から見える、鉄格子の向こうに見える壁はタイルが貼り合わさった壁だった、コンクリートののっぺりした壁ではなかった、壁にはタイルだから表情というか模様があった、絵にはちゃんと鉄格子、といっても横はないタテだけの鉄がしっかり描いてあった、壁は絵の感じでは五メートル先ぐらいのところにあった、そして「毎日同じ風景」とかそういうタイトルがついていた。
 私はこの「毎日同じ風景」か、そうでなくても同じ意味のタイトルの言葉にこの人の変化を感じた、スナック菓子の袋とおせち料理をただそれだけを描いて、「お菓子の袋」「おせち料理」というそのままのタイトルをつけたのと、「毎日同じ風景」では絵を描く気持ちが全然違う、「お菓子の袋」のようにタイトルをつけるなら、「窓の風景」とか「窓の外」とか「タイルの壁」とかつけるだろう。「窓の外」ではすでに少し気持ちが働いている、どの言葉も「お菓子の袋」のような言葉にならない気がする、というか窓の外に見える壁を描くことが、スナック菓子の袋やおせち料理をそのままそれだけ描いた人には無理だった気がする、もっともそれは心理学のことは何冊か本を読んだことがあるだけの人間の推論だ。
 私は前回、この絵の作者が変化したかもしれないから壁の絵に触れなかったのではない、私はこの作者が変化しているとして、その変化に特別な関心があるわけでなく、スナック菓子とおせち料理の絵が私を惹きつけた、変化のことまで同じ回に書くと私の関心が変化の方にあるように思われるというよりも、私は変化の方にまで気持ちがまわらず私の関心はおせち料理の絵の方に断然あった、では今回なぜ壁の絵のことをわざわざ書くのか、連載の一回分で前回書いた内容にプラスして作者の絵を描く気持ちが変化したことまで書くと一回分の全体の意味が違うものになってしまうというそのことを考えている。
 昨年出版した『未明の闘争』は一〇〇〇枚ぐらいの長さの小説だが一つ一つの場面は全体の流れの中で「ここでなければならない」「ここにこの場面はどうしても必要だ」という風には書いてない、一つの場面がごっそり抜けても小説全体の意味としては問題ない、だいいち小説全体としてそういう意味があるようには書いてる本人が考えずに書いた。だから書きながら、一つ一つの場面はバラして短篇とか中篇としても発表できるんじゃないかと思いながら書いた、しかしバラして、あるいは連作として短篇・中篇として発表するのと一つの長い小説の中の部分としてあるのとでは印象が違う、全然とは言わないがかなり違う、たとえば終わりちかくにほとんど唐突にジャマイカの情景が出てくる、ボブ・マーリィの『ノーウーマン・ノークライ』からの連想でジャマイカの情景が書かれる、それまでの登場人物は一人も出てこない、全体から遊離していると言えば遊離している、しかし遊離しているように全体の中にある。
 私はこのジャマイカの場面だけを独立に短篇として発表すれば読んだ人は「なんだ、これ、」と思うだろう、『未明の闘争』の部分として読んでも「なんだ、ここ、」だったかもしれないが、その「なんだ、ここ、」は『未明の闘争』という小説に居場所があった、その居場所での位置づけがわからないから「なんだ、ここ、」だが、それでも責任、という表現はあまりにふさわしくないんだろうが、責任とかそういうようなものは『未明の闘争』にあずけられた、あずけるは「預ける」という漢字しかないが、「貝」が語源にある「預ける」はやはり違う、相撲の体(たい)をあずけるというときのあずける、だ。しかし独立で発表したら読んだ人の「なんだ、これ、」はどこにもあずけようがない。
 などとこの場面を書いているときに考えた、しかしこの場面を書いてる私はまぎれもなく『未明の闘争』のそこの場面として書いた、そこと言ってもそのそこは長い小説全体の終わりちかくのいくつ目の場面という風に構成されて書かれたわけではないから、そこがジャマイカでなくなったら別の場面が代替されるわけでない、そこは空白になるわけでもない、ただそこはなくなる。
 「そこはそこにはなくなる」
 「そこにそこはなくなる」
 文として書いてみると激しく違和感があるわけではないが、そこにそこがなくなることは現象としてはありえない。
 今回は死刑囚の絵の壁の絵のことと古井由吉の最新作の『鐘の渡り』と坂口ふみという人のことを書くつもりで書き出した、この三者に当面共通点はない、しかし書くうちに何かが見えてくるかもしれない、と思って書き出したら相変わらず何も見えてこない、見えてこない、見えてこないと思っているうちに私は『鐘の渡り』の何のことを書こうと思っていたのかも忘れたというか遠くに、ずっと遠くに行ってしまった。
 『鐘の渡り』は八篇の連作であるその六篇目、「水こほる聲」のことをたしか書こうと思った、「水こほる聲」はどういう話か、古井由吉の小説だからどうとは言いにくい、特に私は小説をそういう風に人に伝えられるような読み方を最近ことにしない。
「水こほる聲」に病院の喫煙所みたいな場所での会話、というよりもそれぞれ人が前の人のしゃべりに誘発されて勝手に自分の思いや記憶することをしゃべるくだりがある、ひとり五、六行、せいぜい十行、そこを私は電車の移動中でもない家の中で読んだのに、五、六行の発話も一ぺんに通して読まないほどの忙しなさで読みつづけた、三行読んではヤカンの火を消す、また三行読んだら食器を三枚洗う、切れ切れだがすぐにまた戻った、ふつうならさすがの私も小説をそんな忙しない読み方はしないがその場面はその読み方が妙にハマッた、楽しくてしょうがなくなった、私は「水こほる聲」をちゃんと読んだとは言えないが会話以前のそれぞれの発話はイキイキした、それは自分自身が動き回る光景全体として私の時間の中でポストイットされた、私の時間というのは私の経験した人生の時間、大げさに言えばそういうことだ。
 旅先でローカル線の駅に降りたら次の電車まで四時間あった、いろいろ回って歩いても二時間時間があまったそのとき読んだ吉田健一の『東京の昔』とか、父の病室で静かに寝息を立てている父を起こさないように部屋の明かりを一番弱くして読んだ内田百フの『第一阿房列車』とか、大学に入った四月末に妹の水ボウソウがうつり、痒くて眠れないところで読んだらますます痒くなったカフカの『審判』とか、そういう経験全体として記憶する読書のことだ。
 坂口ふみという人を私の知り合いはひとりも知らない、私自身つい八月まで知らなかった、二〇一二年九月に『ヘラクレイトスの仲間たち』という本の書評が朝日新聞に載り私はアマゾンのページをブックマークしたが結局買わないまま来てた、八月に相変わらず消さずに残っているそのページを見た、すると『ゴルギアスからキケロへ』というのが『ヘラクレイトス……』のシリーズの二冊目で発表されていた、それより同じ著者による『信の構造』というのがあった、そのページを見るとひじょうにしっかりしたレヴューが載っている、アマゾンのレヴューは玉石混交はなはだしいがたまに、ホントにごくたまにすごいレヴューがある、そのレヴュワーのページに行くと一、二時間は次々読み耽ってしまう人が私は記憶するかぎり四人か五人いる。
 それで今度はウィキペディアを見るとじつに簡単な経歴と著書五冊が記載されているだけ、ところがウィキに行く前に検索したグーグルにブログで坂口ふみさんの熱烈な賛美をしている人がいた、私はそろそろ敬称略では申し訳ないような気持ちになってきた、それで私は代表作は「キリスト教教理をつくった人びと」という副題がついている『〈個〉の誕生』という本らしい、しかしいきなり七三〇〇円プラス消費税の本を買う度胸がなく、『信の構造』をアマゾンで取り寄せたそれが購入記録によれば八月十一日だった。
 私は平坦で中立的な文章が好きでない、バイアスがかかって癖があって多少、あるいはかなり、読みにくい文章が好きだ、一つに私は気が散りやすく油断しやすい、私は車の運転をしないが運転をしていたら二時間も走っていたら一回か二回は必ず注意が抜けて空白になる、そうでなければちょっと危いことを試してみる、自転車でも十代二十代の頃はしょっちゅう電柱や駐車している車にぶつかった、平坦でいわゆる読みやすい文章は途中から目だけが字をなぞって意味をとってない、癖がある方が注意がつづく、それに癖やバイアスは文章としての意味と別の意味化しにくさを肉声的な響きで伝えるように私は感じる、それを錯覚だと言う人に私は反論しない。
 坂口ふみさんはキリスト教の思想が専門らしい、私は『信の構造』を読んで、キリスト教の受肉ということが少しわかった、カール・バルトは著書の中でたびたび肉という言葉を使うというのが私の印象だが肉という言葉に出会うだけで私は理解が進まない、キリスト教のことを日本人でキリスト教徒でない人が説明している入門的な本は外枠とか形とかを言っているが受肉がキリスト教の中心であるそのことを言ってない、私の理解ではそうだ。
「戦後日本政治におけるアメリカ陰謀説」とか「戦後日本の黒幕」とか「ロスチャイルド家による世界の支配」とか、そのような単純に陰謀史観と言うことにするが、そのような陰謀史観が出てきたり、あるいは私が「原発と戦争で利益を得るヤツら」という風に考えるとき、世界を操作したり差配したりする個人か個人を中心とした小集団をついイメージするのはどういうことか? そのような人間化したイメージを世界の中心に置きがちなのは人のどういう心のあり方なのか? ということを私は、いま自分の関心の中心にあるのは信仰や修行だということはこの連載にも書いたかもしれないが、その関心とも間接的に響き合うとは思ってもいなかった。
 この本には章の導入的なコラムみたいな「間奏曲」と頭につけた文章があり、それにまさに「間奏曲 人の形」という文章がある。

「ドイツの古典学者B・スネルはホメロスを語りながら、メタファーとメタフォライズされるものとの興味ぶかい関係に眼を向けている。『イーリアス』一五歌六一五でヘクトールがギリシャ兵士たちの戦列をうちやぶろうとしたが、兵士たちは方陣を組んでもちこたえた。「ちょうど風と波浪を物ともせずに耐えている海の岩のように」。スネルはここで面白いことを言う。もちろんこの比喩で、岩は人間のあり方をはっきりさせている。しかしそのとき岩も擬人的に見られている。岩の中へいわば人間がおし入れられて見られており、岩は人間である。それはまた同時に、人間が岩でもあるということだ。「人間は自分自身を同時に擬岩的に見ることなしには、岩を擬人的に見ることはできない」。これは人間が自分をも含めて何かを理解するとき、つねに起こっていることである。人は自分を他者の内におし入れることなしには他者を理解しないし、特にまた注意すべきことは、自分以外のものに依拠してしか、自分自身を理解できない。「人間は山びこの形でしか自分自身を聞くことができない」。」

「人はいつも世界や自分の中から何かをひろい上げ、それを通して世界や自己を見る。それは数式であったり、論理であったり、元素であったり、さまざまな構造図式であったりする。そういった中で、一人の生身の人間を通して世界を見るのは、もっとも人間的で、ものやわらかな図式と言えるかもしれない。しかしそれはそう簡単なことではなかった。歴史的・社会的側面はひとまずおくとしても、古典文化の達していた抽象性・理論性に対抗して、どんな抽象化をも拒む生身の人間を、存在のヒエラルキーの最上位に、純形相的なものの上にさえも置くという努力は、矛盾に満ちたものであった。」