◆◇◆日経新聞 「プロムナード」1月21日(木)夕刊◆◇◆

  冬は炬燵で花札、と思うのは私だけか? 子供の頃からトランプより花札が好きだったが、鎌倉で花札をする子供はいず、結果、山梨の親戚でするだけだったが、親戚では花札は冬、それも正月のものだと決まっていた。遊んでばっかりいてはダメだという意味だったのだろう。
 だから長いこと親戚以外で花札をしたことがなかったが、高校で花札好きの友達が見つかった。これがまた親が山梨出身だったから、花札と山梨は何か関係があるのだろうか? 佐久間という今は東京地検特捜部にいる男だ。佐久間と私は一週間の修学旅行のあいだ、一日一度はやっていた。熱く真剣だったから、金でも賭けてたんだろうか? 昔のことだから憶えてない。熱くなったのは真夏だったからかもしれない。私の出身校は変なところで、八月、夏休みの真っ最中に修学旅行に行ったのだ。それも高校三年で。
 やっていたのは「こいこい」だ。こいこいというのは、ガガガッと勝ったと思うと、一瞬にして流れが変わって、ドドドッと負けつづける。私に来たり、佐久間に行ったり、まあ二人いい勝負、ろくなものじゃなかった、ということだ。いまは養護学校教師をしている恩田は賭け事がめっぽう強く、修学旅行の途中で恩田にやり方を教えたら、佐久間も私もたちまちぼこぼこにされてしまった。私たちがただ流れだと思っていたところで、恩田はしっかり考えて札を捨ててた。
 恩田よりもっと凄かったのが、大学時代勤めたバイト先の社長の中村さんだった。この人は初代だったか二代目だったかの朝日将棋アマ名人で、社員に言わせると、「麻雀なんかは全然弱いが、一対一の対面勝負は目茶苦茶強い」。
 これもまた社員旅行の夜でしかも夏だったが、夜、麻雀をやらない社長が暇なものだから、「保坂君、こいこいできる?」と言ってきた。私もバカだからほいほい誘いにのったのが運の尽き。本当に地獄のような勝負だった。そんなにしゃべる人ではないはずなのに、こっちが降りると言うと、「いま降りたら勝負にならないよ。ここはもっと大きく勝たないとなあ」みたいな挑発を止めどなくしゃべって降りさせず、自分が降りるときはさっさと降りる。こっちに何か言う隙を与えない。札の捨て方もハッタリが利いている、というかメリハリが利いていて、捨てた札に対するこっちの目の動きを見逃さない。
 だから、8枚の手札が残り3枚になったときには、手に何があるか完璧に読まれてしまっている。だいたいこいこいというのは、役が揃うのが5枚目くらいだから、残りの3枚から本当の勝負がはじまるわけで、それが丸裸になっているんだから勝てるはずがなく、私はバイトなのに社長に一万数千円巻き上げられた。
 まさか、社長がバイトから本当に金を取るとは思わないような甘い学生に向かって、社長は「いろいろ教えてもらって一万いくらなんて、こんな安いことはない」とうそぶいたが、社長の言ったとおりだと、その後私は思った。
 相手が誰だろうと手を抜かない人がいる。そんな人と何かやったら、とんでもない目に遭う。だいたい私は賭け事は向かない。やらない方がいい。これだけわかったんだから、一万数千円は本当に安かったし、社長は一万円に負けてくれた。