| §空を飛ぶ
営業三課課長吉田茂正が、空を飛ぶ方法を身につけたのは、四十三歳になって間もない春であった。空を飛ぶのは簡単ではない。人間の力が限られたものであることはいまさらいうまでもないが、吉田にいわせれば、問題は飛ぶという目標に向けて、その限られた力をどれだけ集中させることができるか、なのだ。それを「こつ」といってもいい。こつをつかむために私的な儀式を用いることも有効である。
簡単に、吉田の儀式を紹介しよう。まず、3LDKの住まいに家人がだれもいないことを確認する。小さなマンションだから、あらためてそうするまでもないのだが、キッチンから風呂場まで、ひととおりは見てまわる。だれもいない。それを確認したら、次には脱衣場兼洗面所で全裸になる。鏡にその全裸を映し、できるかぎり客観的に自己を見る。バー・コードなどと職場で陰口を叩かれている頭。たるんだ顎。筋肉の落ちた腕。突き出た腹。二三本白いものが混じる陰毛のなかに、ちじこまった性器。青白くひよわげな、毛の生えた脚。深呼吸する。そして「みじめだなあ」と三度つぶやく。これは必ず三度でなければならない。儀式たるゆえんである。これによって、まず自分を意図的にみじめな気分に突き落とす。
ここから先は上昇過程である。「ほんとうは空を飛びたいのにぼく」この言葉は回数に制限はない。ほんとうは空を飛びたいのにぼく、ほんとうは空を飛びたいのにぼく、ほんとうは空を飛びたいのにぼく、ほんとうは空を飛びたいのにぼく。すると飛翔する力がじわじわと尾?骨のあたりから全身に広がってくる。力が最大に満ちたと思った瞬間、つ、と床を爪先で蹴る。そのとき吉田茂正は浮かんでいる。
だが、まだ浮かんでいるだけで、飛んでいるわけではない。足先で水を掻くようにしながら、慎重に脱衣場兼洗面所を出る。浮かびつつゆっくりと窓辺に寄る。そこで一気に窓を開き、自分を大空に向けて解き放つ。吉田の場合、これら一連の動作がすみやかに滞りなく、破綻なく実行されなければ空を飛ぶことはできない。
四月の快晴の日曜、午前であった。妻は、「ご近所の奥様」どうし誘いあって、花見に出かけた。娘はバレーボール部の練習でいない。空を飛ぶには絶好の機会である。ひさしぶりに飛ぶか飛んでみるか、と煙草をもみ消し、吉田茂正は立ちあがる。
そしてこの日、儀式は完璧に遂行された。ふわふわと浮かびながら窓に近づき、これまでで最高の飛翔ができるかもしれない、と吉田の胸は高鳴った。
いま、期待どおりに吉田は飛んでいた。春の空気といえど、上空はまだ冷たい。しかも吉田は全裸である。だがそれがかえって心地よい緊張をもたらした。吉田の動作は的確であるうえに優雅でさえある。春の潤んだ空間をのぼってゆく。街並みが見える。遠くの山々も見える。雲が光っている。
マンションの屋根より高く舞い上がり、児童公園の方向に下降する。砂場で遊んでいた幼稚園児たちが空を見あげ、「あ、おじさんが飛んでいる」と叫んだ。鉄棒で逆あがりしていた二三人の小学生も驚いて声をあげる。「飛んでる!」文字どおりに無邪気な子供たちの驚きを見て、吉田茂正の口元に自ずと笑みが浮かぶ。「でも、おじさん、なんで裸なんだろう」子供たちの観察は鋭い。「ちんちんがぷるぷる動いてる!」確かに、大空を上手に渡るためには、性器を大いに活用しバランスをとらなければならないのである。子供たちは口々に歓声をあげ、群れをなして駈け、空飛ぶ吉田を追いかけてくる。
吉田は速度を緩め、空のうえから誇らしく声をかける。「おおいみんな、道に跳びだしちゃあぶないよ。自動車に気をつけるんだ」
§川
七階にある経理課と労務課のあいだに、川が流れている。澄んだ空気。山あいのちいさな川だ。さきほど、ナップザックを背負った、品のいい初老の夫婦がやってきた。川面から頭を出している石と石に両足を置いて、夫が水をすくって飲む。ああ、冷たい。山の水はうまいねえ、と夫は妻のほうを向いて頬笑む。夫は今年の春、定年を迎えた。これからふたりで山歩きを愉しむのだ。鳥が鳴いているわ、と妻。七階の経理課も労務課も静かな職場である。言葉少なに、みな一日じゅう計算をしているか、書類をつくっている。
川はくだって田園地帯へと流れこんでいる。五階、販売サポート部がそこにある。中期計画の策定のため、部長以下の全メンバーは会議中で、いまは不在だ。川は、夏に特有の水と泥のにおいがする。麦藁帽子をかぶり、ポリバケツをぶらさげた小学生の男の子二人組が、アメリカザリガニを取りにやってきた。販サ部の内線電話が鳴る。部付きの女性は風邪をひいてお休みだ。呼び出し音は七回鳴って止んだ。
三階、営業部のフロアまでくると、川の流れもおおきく成長している。河川敷には複数のRV車がとまっていて、家族たちはきらきらと光の踊る水辺に陣取り、バーベキューをしている。アウトドア・ショップで買い揃えた道具、スーパーで特売だったオージー・ビーフ・・・。父はビールをひとくち飲んでは、空を見、川を見る。その父を頼もしそうに母が見ている。だが、子供たちはじっとしていられない。もっと野菜も食べなさいという母に、またあとで食べる、といい置いて、歓声をあげ、河原でフリスビーをはじめる。ああ、あと五分で十時になるぞ。見積りをつくりながら、営業三課の鈴木は腕時計を見、上司の顔をうかがい見る。営業は足だ。朝十時までに会社を出て、一件でも多く得意先を回ること、これが課長の指示である。
水量を増し、深く広くなった川は、お客様ご注文センターの若い女子社員たち五十人を浸し悠々と進む。はい、・・・でございます。かしこまりました。はい、・・・でございます。お待ちください。お待たせいたしました。ご注文を復唱いたします。在庫の確認をいたします。在庫がございますので、明日お届けいたします。どうもありがとうございました。(休憩にはいりまあす、よろしく!)はい、・・・でございます。いつもお世話になります。お客様、ご住所を伺えますか? (ったく、やんなっちゃうわ、ねえねえ、さっきの客ったらね。聞いてよ)ありがとうございました。はい、・・・でございます。
やがて川は、受付とショールーム、商談コーナーのある一階に達する。あたりはその日の風向きによって海の香りが満ちる。受付の市川しおりさんは人材派遣会社からきて二週間目だ。社員からの評判も、社を訪れるお客様からの評判も上々である。そしてしおりさんも新しい会社が気にいっている。ただ、潮風のなかで一日じゅう頬笑んでいるしおりさんは、髪が傷まないかどうか、それが少し心配だ。
§きれいになったね
きれいになったね。上昇するエレべーターのなか、勝俣信幸は課長の山崎からそういわれた。はじめてのことだった。山崎からいわれたことがはじめてなのではない。きれいになったね、といわれたことがはじめてなのだ。彼の三十八年の人生で、たとえそれがだれからであっても。勝俣はとまどった。反射的に山崎に視線を送ったものの、とっさに返す言葉も思いあたらなかった。山崎は目を逸らしながら、ごめん、いわないほうがよかったかな、とひとりごとのようにいった。エレベーターが目的の階に着くと、山崎は、勝俣のわきをすり抜け、先に降りた。気にしないでくれ、まるで純情な少女に気遣いするように、そういい置いて。
課長の山崎と主任の勝俣は、七つのデスクを並べた同じ島に席があった。管理職の課長席は六人の仕事振りを見わたせる位置にあり、その他の六つのデスクは、三つずつ向き合って並んでいる。山崎と勝俣のあいだには、課でただひとりの女性社員中村美子の席があった。
中村美子は、部屋にはいってきてそれぞれの席に腰をおろした山崎と勝俣の顔を交互に眺めた。山崎は妙にまじめくさった表情だ。勝俣はもともと無表情な男であるが、いつもよりこわばった顔をしている。
ああ勝俣君、例の書類は進んでいるかな、ひとつ咳払いをしてから山崎がいった。
はい、今日じゅうには、なんとか。
勝俣は、午後から、明日の月例会議に備えてレポートをつくらねばならなかった。しかし、こころを集中させられない。彼は、席を立って、トイレに向かった。
トイレの鏡に自分を映してみる。三十八年、見慣れた自分がそこにいた。きれいになったね、と山崎はいった。だが、このおれのどこが?
勝俣信幸の学生時代の仇名は「カニ」である。えらが張っていて、目や鼻が小さい造作はたしかにカニに似ていた。教室やサークルで「カニ」と呼ばれ、「タラバガニ」と呼ばれることもあった。ふざけて「タラちゃん」と呼ぶものもあった。最初、そう呼ばれることがいやだった彼は、タラバガニはカニじゃない、分類学上ではカニでなくヤドカリの仲間だ、とわけのわからないことをムキになって主張したりもした。だが、いつのまにかそう呼ばれることにも慣れてしまった。
そのカニに似た顔が鏡のなかにあった。このところ酒を飲む機会が多いせいか、肌が荒れていた。勝俣はひげが濃かった。荒れた肌に毎朝剃刀をあてるので、あごには傷がいくつもあった。このおれが。きれい。角度を変えて鏡に映してみる。
右斜め四十二度の角度のときだ。勝俣は思わず声をあげた。可憐で清楚、そのうえ気品に満ちて、けがれをしらぬうつくしい顔が、突然、そこにあらわれたのだ。妖精。ニンフ。フェアリー。缶いり紅茶のコマーシャルに出てくるオードリー・ヘプバーンにも似た、その愛くるしい顔を見つけるのは容易ではない。角度は厳密に右斜め四十二度でなければならないし、そうして鏡の面に固定するように映しておきながら、3Dトリック写真を見るときのように、いっぽうで意識の集中を維持し、そのいっぽうで意識をあえてそらすテクニックが要る。
ああ、これか。これのことだったか。そう思う勝俣信幸に半生三十八年分の感慨があった。だからといって、これから先の勝俣の生活が、なんらかの変化をすることはおそらくはありえない。しかし、彼だってほんの少しはなやいだ気持にはなったのだ。くたびれ、色あせ、醤油のしみのついたネクタイを新しくしよう、ワイシャツも薄い色のついたものを着てみようか、と彼だってそれくらいは考えた。
席に戻ったとき、中村美子が、お疲れ様です、三時のコーヒーをいれときましたよ、といった。勝俣さん、砂糖はふたつですよね。
ありがとう、といいながら、内心では、中村がコーヒーをいれてくれるなんて、どういう風の吹きまわしだ、と、そう思いつつひとくち口に含んで、勝俣はコーヒーを吐き出しそうになった。インスタント・コーヒーは塩辛かった。
三十八年の人生で、勝俣信幸がだれかに嫉妬されるのも、はじめてのことであった。
§団欒のかたち
流域面積の広さもその水量も、世界で五指にはいる大河である。ずいぶんくだったはずだが、河口にたどり着くまで、まだ一箇月はかかるだろう。岸辺の熱帯樹がおおいかぶさるように枝を伸ばし、葉を繁らせ、河は暗い。悠々と流れる深みどりの水のうえに畳三畳ほどの筏が浮かんでいる。筏のうえでは、山田和夫とその父泰夫その母孝子の三人が炬燵にはいって向き合っており、ホット・プレートで焼き肉をしている。家族三人みずいらずは、実にひさしぶりのことだ。
母はうれしそうだ。丸い顔のうえの細い目をいつもよりもっと細めて、スーパーの特売で買ってきた焼き肉用の上カルビをせっせとプレートにのせる。ロースにレバー、タン塩にミノ、ハラミ・・・。「『こてっちゃん』もあるのよ」と母はいう。
父はビールで乾杯したあと、早々に日本酒に切りかえ、手酌でコップ酒である。普段は寡黙な父だが、今日はいくらか口が軽いようだ。山田和夫に「おい最近どうだ、おまえの仕事は」という。
「たしかにね、不景気でたいへんだけど、うちの会社はいいほうみたいだよ」
「会社のつきあいはうまくいっているいるか」
「おとうさんね、定年がきたら、ふけこんじゃうんじゃないかと思っていたら、隣組の会長になって、まえよりかえって忙しいみたい。はりきっているのよ」
「やってみると、これがけっこうたいへんなんだ。ほら道沿いのな、側溝の工事をしなきゃならんのだが、なかなか意見がまとまらない」
野菜も食べなさい、と母がホット・プレートに載せる。キャベツ、なす、しいたけ、もやし、たまねぎ、食卓におなじみの野菜の数々だ。立ちのぼる煙が秘境の紺碧の空に吸いこまれていく。
工場で四十二年働き、現場のライン長を務めた父泰夫は、家でも大工仕事や家庭電化製品の修理をよくした。筏と水が、と父は身ぶり手ぶりをまじえ上機嫌で説明する。「こすれることによって、電気がうまれる。その電気を使っているんだ。自転車のライトとおんなじことだよ」
「でも、炬燵の熱量と肉を焼く熱量をよく集められるね」
「そりゃあ、これだけの大きな河だからな」父は筏のまわりを見まわす。
立ちならぶ巨木にマメ科のつる植物が巻きついている。したばえにどきりとするような原色の花が咲いている。密林全体が息苦しいほどの生命の爛熟である。樹木の葉の茂みから、獰猛な獣がこちらをうかがっている気配もある。タン、タン、タン、タンとかすかに太鼓の音がする。
こんな焼き肉ははじめてだ。
「和夫、おまえ、いくつになったの。」母がいう。
「三十六」
そう和夫がいったとき、古びた重い鉄扉が開くような、ギーという鳴き声を発して、カラスほどのおおきさの鳥が樹の陰から飛んできた。それはまるで七色に染めあげたカラスだった。鳥は焼き肉を狙ったのではなかった。どういうつもりなのか、飛んできて父の禿げ頭にとまったのだ。
おとうさんの頭! 和夫と母は、思わず吹き出した。父も照れたように笑っている。鳥は背伸びし、ギー、ギー、ギーと誇らしげに鳴いて、また飛びたった。
交際相手がいないなら見合いはどうだと、母は山田和夫の結婚にこだわっている。父は炬燵にはいったまま、酔っ払って眠っている。和夫は満腹だ。眠気が襲ってきた。
ああ、わかったよ、おかあさん、考えてみるよ。だけど。でもさ。
水音の変化で、和夫はわれに返った。前方に目をやると、川は空にせり出し、そこで途切れていた。滝だ。だが筏は進んでいく。突然、水しぶきでなにも見えなくなった。
山田和夫とその父その母三人は、筏と炬燵、ホット・プレートと食べ残しの焼き肉もろとも、世界最大級の滝壷に吸いこまれるように落ちていく。
§それぞれのいいぶん
朝七時三十分、N駅の混雑はピークを迎える。
N駅は都心に向かう急行の始発駅である。操車場からはいってくる空の列車を待ちながら、ホームに並んだひとびとは軽く足踏みをしている。その様子はスタート・ダッシュに備える短距離走者のようだ。列の先頭はだいじょうぶ。二番目三番目まで、まず座席の確保は約束されている。実力を問われるのは四番、五番、六番だ。車内へとなだれをうつひとの波のなかにあって、瞬間的に空席を見極め、同時に多数のひとの動きを読み、だれよりも速くそこに到達しなければならない。要求されるのは、瞬発力と判断力だ。わずか数秒で、勝負は決まる。
ああ、今日は坐れる、坐ってS駅までいける。村田孝造、精密機器販売会社本社総務部部長代理、五十二歳は、安堵の気持で腰をおろそうとした。だが、瞬間、脇から滑りこんできたのは、稲森博光、化学繊維メーカー製造本部管理部次長、四十八歳であった。
村田孝造が、ちょこんと腰をおろしたのは稲森博光の膝のうえだった。いつもの村田なら、恐縮しつつ、照れた笑いでも浮かべて、これは失礼、と立ちあがっただろう。だがこの日は違った。連日の残業による疲労はからだに澱のようにたまっていた。そしてもう十日もシートに坐れない日が続いている。疲れて怒りっぽくなっていたのかもしれない。理不尽だ、と村田は思った。せっかく見つけた席だというのに、割りこみやがって。憤怒がこみあげてきた。ここはおれの場所だ、動くものか。
ベルが鳴り、電車が進みはじめた。稲森博光は、膝のうえに体重七十キロの村田孝造を載せている。柔道やレスリングをやったことがなく、同性愛の経験もない稲森が、男ひとりの重さを膝に受けとめたのはおそらく初めてのことだろう。重い。稲森はややわざとらしいやりかたで咳払いをしてみた。
稲森には稲森のいいぶんがある。稲森は列の先頭に並ぶために、列車三本をやりすごした。うしろから走って席を取るのがあさましく感じられていやなのである。おれには坐る権利がある、と稲森は思っている。余裕で坐れるはずが、猛然と走ってきたOLに体当たりされ、横に飛び、その場所に位置を占めた。ところが、村田が緩慢な動作で、稲森の膝のうえに腰をおろしたわけである。問題のOLは、二段重ねになった「おやじ」を横目で見、笑いをこらえている。もういちど咳払いをしてみる。村田は動こうとしない。
「あのう」と稲森は声に出していってみる。「少し重いんですが」
村田は黙っている。もちろん、聞こえていないのではない。終点のS駅まで、自分のしたの男をあくまで無視しつづける覚悟なのである。村田は抱えた鞄からおもむろに文庫本を取りだした。
村田のひとをくった態度が、稲森の怒りに火をつけた。稲森は思う。このやろう、ふざけやがって。わかったよ、それならそれで。
S駅まで約五十分かかる。急行列車が駅に停まるたびに、通勤の会社員が乗りこんでくる。稲森とその膝のうえの村田に、ひとの壁が立ちはだかる。ひとの壁は膨らみ、ふたりを圧迫する。
「池波正太郎、ですか」村田の文庫本を、したにいる稲森が肩ごしに盗み見る。
「わたしも時代ものは好きですよ。池波あたりから読みはじめて、結局は池波に帰るもののようですな」厭味な調子で稲森は覗きこんだ本を読みあげる。「三冬は、女武芸者である。髪は若衆髷にぬれぬれとゆいあげ、すらりと引きしまった肉体を薄むらさきの小袖と袴につつみ、黒縮緬の羽織へ四ツ目結の紋をつけ、細身の大小を腰に横たえ、素足に絹緒の草履といういでたちであった。ああ、いいなあ、やっぱり。池波正太郎」満員の車内で、好奇心に満ちた視線がふたりの状況に集まっている。くすくすと笑いがもれる。「ときに、その本、市立図書館の蔵書印が押してありますねえ。節約、節約。ローンはどれくらい残っておられるのかな。文庫本一冊を購入する金さえ惜しんで、節約節約、ですか」
稲森は膝に村田のからだの震えを感じて、勝利を得たと思った。「ねえ、重いんです。おりていただけませんか」
おれはおれの場所に坐っているだけだ。村田に方針の変更はなかった。本を閉じ、いかにも眠そうな顔をつくる。周到な演技だった。こくり、こくりと二度三度頭を揺らしてから、全身の体重を背もたれがわりの稲森にあずける。多めの整髪料で薄い髪を撫でつけた後頭部が稲森の顔面に圧しつけられた。
S駅までは、まだ三十分以上かかる。車内はますます混んできた。稲森を乗せ、そのうえに村田を乗せ、さらにそのまわりにぎっしりと通勤客を乗せ、朝の急行列車は走る。
§落下する城南支店
意識を取りもどしたとき、おれは落下している途中だった。たいへんな空気の抵抗を全身に受けていた。頬にはただ圧力を感じる。冷たくも、痛くもない。感覚が麻痺しているようだ。耳のなかで轟音が鳴っている。地上を見おろしても、ひとや自動車はもちろん橋や道などの建造物も確認できない。ただ、緑と藍色の絨緞が見える。それがつまり、陸と海だ。そして渦を巻く雲。地球が丸い。よほどの高度なのだろう。
なぜ、おれは落下しているのだろう。おれは気の迷いで、自殺を図ったのか? いや、そんなことはありえない。この高度。これほどまでに高い建物は存在しないだろう。旅客機か、人工衛星から飛び降りたのか。だが、なんのためにそんなことをするのか。自殺するにしても、なぜそんなに手のこんだことをしなければならないのか。毎日毎日、いやなこと、うんざりすることは山ほどある。しかし、おれはそういうことになかば慣れてしまっていた。自殺に追いこまれる理由が思いあたらない。直前の記憶がなにもないのが残念だ。ただ、おれは落下している。わかるのはそれだけだ。
いくら落ちても、いっこうに地面には近づかないのだった。おれは少し落ち着きを取りもどした。圧力を不自由なものに感じながら、首をまわしてみた。すると、同じように落下している課長がいた。太った顔が空気に押しつぶされて、ドザエモンのようだ。おれは思わず吹き出してしまった。課長のほうもおれに気づいて、なにかを伝えようと、口をぱくぱくしている。た、な、か、く、ん。た、な、か、か、か、り、ちょ、う。課長は平泳ぎの要領で風を切って、おれに近づいてきた。おれの耳元で
「気がついたか。みんないるぞ」と課長はいった。
支店長、営業課の面々、テレフォン・センターの事務長と女性たち、総務課の三人、城南支店十六名が、思い思いの恰好で落下していた。男性社員の首のネクタイは、棒のように空に突きたっている。残り少ない髪をいつもきれいになでつけている支店長の頭は無残な状態である。ヘビー・スモーカーの事務長は、こんなときにも煙草の火を点けようと躍起になっている。女性社員はめくれあがる制服のスカートを戻そうとそれぞれに必死である。なかで、田沢恵子だけがあきらめたのか自信があるのか、スカートを肩までめくれあがらせてそのままにしている。ピンクのパンティ。テディベアの縫いとり。
おれの視線に気づいたおどけものの万年主任滝沢が、空のまんなかでY、M、C、A、と西条秀樹のまねをする。入社間もない若い連中には通じないギャグだ。
丸い地球の海と陸を、巨大な夕陽が照らしている。こんな眺めはみたことがない。荘厳で宇宙的な眺めである。見とれていると、意外と器用に古式泳法で滝沢が近づいてきて「今日の夜、呑みにいこうか」といった。
「いいよ、いいけど、・・・いったいいつ地上に着くんだろう」
「まあ、あと一時間も落っこちりゃつくだろ」
いい店見つけたんだよ、と万年主任滝沢はいたって呑気にいった。かわいいフィリピーナがいっぱい。
§神について
自動販売機にコインをいれるということ。
わたしはそこに立つ。その場所、なにかがそこで試され、なにかがそこで裁かれる。その場所は、合唱隊のいない小さな舞台であり、傍聴人のいない小さな法廷である。その場所に、わたしはコインを握りしめて立つ。それ、たんに無愛想という以上に、厳かで寡黙な機械、深い沈黙と缶飲料を蔵した鉄の箱のまえに。
その日、喫茶ライラックでランチをとったわたしは、会社の裏口の通路にある自動販売機でコーヒーを買おうとしたのだ。無糖の、そしてホットの。ランチをコーヒーとサラダつきのセットにしなかったのは、時間と金の節約のためである。自分の席に戻り、缶コーヒーを飲みながら経済新聞を読む。わたしは残り少ない貴重な昼休みをそのように過ごそうと考えていた。わたしが欲しかったのは、無糖でホットの缶コーヒーである。しかしゴトリと音をたてて出てきたのは、冷たいトマト・ジュースだった。いったい、これはどういうことだ。
わたしは穏健な人間だ。ひとからそう思われているだろうし、わたし自身もそう思っている。多分に照れもあって人生、思想、宗教、政治その他に、シニカルな態度、シニカルな言表をまわりには示すことは多いけれど、しかし成人して以来、選挙投票を一度も欠かしたことのない、そんな私が受けた閃くような一瞬の痛撃。無糖でホットの缶コーヒーが出ず、トマト・ジュースが出るとは。わたしには、ひとが生涯に体験するであろう、怒りの種類というものがいくつあるのかわからない。日常生活のちいさなささくれのような怒り。だが、それが大問題でないからこそやりばのない怒り、というものの存在、そういう種類の怒りが存在することを、このときあらためてわたしは知った。
一枚の百円玉。儀式としての清涼飲料水購入の観点から、近頃、定価で百二十円という飲料群の存在をわたしは認めない。その点、わたしの会社内に設置されている自動販売機は、社の福利厚生費が充当されているのか、百円のままであり、それを好ましいことだとわたしは感じている。わたしは選択する。わたしは賭ける。たとえ一瞬であろうと、少額であろうと、金銭を手放し、かわって物を入手するその空隙に、ひとは現代の爛熟した資本主義に対する信頼を試されることになる。
わたしは迷った。わたしが欲しいのは、無糖でホットの缶コーヒーである。たまさか今日のわたしは、まだ百円を数枚所持している。わたしは生のトマトに塩をかけて食べることは好きだが、トマト・ジュースは嫌いだ。なぜ生でうまいものをあえてジュースにするのか。わたしがさらにもう一枚の百円をこの自動販売機に投入し、もう一度、無糖でホットの缶コーヒーのボタンを押したとき、はたしてわたしはなにを手にいれることになるだろう。最悪の場合、わたしは計二本のトマト・ジュースを手にし、途方に暮れることになる。だが。いや、まて。でも。それなら。
わたしは百円をいれた。ためらいがあった。
妻がおり、ふたりのこどもを持つわたし、住宅金融公庫にローンの返済を生涯続けねばならぬわたしは、同時に会社ではふたりの部下を持つ係長である。わたしを平凡な人間と他者が形容したとしても、それについて反駁する論拠をわたしは持たない。十有余年の会社員生活と家庭生活を閲して、わたしには悲しい習癖が身についているのかもしれぬ。わたしはオール%オア%ナッシングの賭けを避けた。わたしが考えたことはこうだ。もし、職業倫理のかけらも持ち合わせぬ無責任なアルバイトが、販売機の補充時に口笛など吹きながら、いいかげんな補充のしかたをしたのだとすると、無糖でホットな缶コーヒーの収まるべき場所が、すべてトマト%ジュースで占められている可能性は高い。
わたしは決断した。わたしが押したボタンは、無糖でホットの缶コーヒーではなく、ホットな緑茶だった。
ゴトリ。取り出し口に汗ばんだ手を差し入れる。そこにあったのは、無糖でホットの缶コーヒーだ。トマト%ジュースを脇にはさみ、他方、たぐい稀な僥倖から入手した無糖でホットな缶コーヒーは、あちちち、あちちちと右手左手に持ち替えながら、わたしは通路を歩き、エレベーターに乗り、すれちがう同僚におつかれさまなどと声をかけ、階上の仕事場に帰った。おおきな謎めいたひとつの意志の存在をわたしは感じていた。人生で何度目のことになるのだろう、自席に腰をおろしたわたしは、昼休みの終わりを告げるチャイムまでのつかのま、神について思索した。
§しあわせをありがとう
理沙、悠太、そしておかあさん、お元気ですか? おとうさんは元気です。突然、うちを飛び出したこと、ほんとうに申し訳なく思っている。おとうさんもずいぶん悩んだんだ、ひと冬も、ふた冬も...。
理沙は今年の春で中二、悠太は小五になるね。おとうさんがなぜ家を出たか、君たちにきちんと説明をしなければならない。それがおとうさんの責任です。君たちは多感な年頃だ。だけど、もう子供ではない。きっと、おとうさんの考えたことをわかってくれる、そう思って手紙を書くことにしました。
悠太は、もう「ファーブル昆虫記」を全巻読み終えましたか? 誕生日に「昆虫記」をあげたときの、あのうれしそうな君の顔、君の歓声を、おとうさんは生涯忘れることがないだろう。自宅でフンコロガシを飼う、フンコロガシの楽園をつくる、という君の夢が早く実現するといいな。協力できなくて申し訳ない。おかあさんは虫がきらいなので、それをどうやって説得するか、だな。おとうさんの耳に、君の声がよみがえる。「虫はいやです」というおかあさんに対し、「でも、おかあさん、フンコロガシは古代エジプトでは聖なる虫として崇められていたんだよ。世界を回転させる創造の神の化身と思われていたんだ」君はそういった。おかあさんは「虫は虫です」といったけどね。ははは。なつかしいな。君の情熱はすばらしい。いつかファーブルのような立派な昆虫の研究者になれるといい。いや、君ならきっとなれる。
悠太、理沙。おとうさんには、おとうさんの情熱があって、家を出たんだ。君たちには黙っていたけれど。君たちは驚くかもしれないが、おとうさんはフォーク・シンガーになろうと思っている。理沙はボブ・ディランを知っていますか。英語が得意で、アメリカのことならなんでも知っている理沙だから、たぶん知っているだろう。
「風に吹かれて」という歌も知っているよね。知らなければECAのローズマリー先生に訊いてみるといい。ボブ・ディランはフォークの神様だ。おとうさんが子供の頃、日本でもフォーク・ソングのブームがあった。これはもう知っているひとのほうが少ないだろうが、高田渡という歌手の「自衛隊にはいろう」なんて歌がはやったものだ。社会に対する痛烈な批判だ。その頃の若者は、歌で世界を変革できると信じていたんだ。
おとうさんもそう信じていた。そして、笑われるかもしれないが、おとうさんはいまでもそう信じている。おとうさんは、すべてを投げ捨て、歌をつくり、歌を歌おうと思っている。そうすることによって、少しでも、いまのひどい世の中を変えていかなければならない。それがおとうさんの情熱であり、おとうさんの決意なんだ。だれかがやる、なんて思っていたらだめだ。まず自分からやらなければ。
理沙。君の夢は、ハリウッド女優になって、レオナルド・デカ・・・、ええと、なんだったかな、デカプリオだったっけ。とにかく、君がレオさまと呼んでいる俳優とラブ・ロマンスで共演することだったな。君はちょっと鼻ぺちゃで、それが少し心配だ。いや、ごめん、ごめん。君がおとなになるころには、そういう顔が世界的に流行するかもしれない。エキゾチックないい顔だってね。おとうさんは、すばらしい夢だと思います。おとうさんは君を応援しています。だから理沙もおとうさんを応援してほしい。君にお願いがある。もしも君がほんとうにハリウッド女優になったら、おとうさんの考え、そしておとうさんの歌を全世界に広めてほしいんだ。レオさまだってマーロン・ブランドだってわかってくれるにちがいない。ははは、マーロン・ブラ
ンドはちょっと古いかな。おとうさんは、いま、新宿の片隅、ビルの谷間で、段ボールにくるまって寝起きしている。寒いよ。だが、身がひきしまる思いだ。おとうさんはひとびとに向かって街頭で歌う。真剣勝負だ。おとうさんの持物といったらフォーク・ギター一本で、おとうさんの歌に共感してくれるひとはまだ数少ないけれど。
最後に、おかあさん。あなたと結婚して十八年になります。我が家にはささやかであっても、なにものにもかえがたい幸福がありました。サラリーマンを二十年やってきて、それなりに安定した収入もあった。父として夫として、また会社員として、おとうさんは生きてきました。すべてをなげうつことが許されることなのかどうか、おとうさんは悩みました。子供たちも自立していない。まだ、マンションのローンも二十年近く残っている。なんといっても、お金の問題は大きいからね。
フォーク・シンガーになりたいというのは、おとうさんの子供の頃から夢でした。若い頃はヤマハのコンテストなども受けたものでした。けれど、おまえといっしょになってからは、妻子を路頭に迷わせるようなことはしない、そう思って、夢をあきらめかけていたのです。けれども、あなたが趣味としてはじめたぼろきれを利用した人形つくりが評判を呼び、収入のことはどうやら心配がなくなった。いまでは「ラ・プペ手づくり人形教室」の先生だものな。たいしたものだ。それで、悩んだ末に今回の決意をしたのです。独身の頃、よく君の部屋で歌ったね。「いとしの敏子」という歌をつくって、プロポーズがわりに君にプレゼントしたっけ。
おかあさん、いや、敏子、しあわせをありがとう。
理沙、スピーチ大会がんばってください。悠太は昆虫だけでなく、ほかの勉強もするように。おかあさん、子供たちをよろしくお願いします。
おとうさんの最新作をここに記して手紙を終わりにします。真実のフォークは闘う、プロテストするフォークです。これをみれば、きっとおとうさんの考えがわかるのではないかな。歌を聞かせられないのがたいへんに残念だ。おとうさんはいっしょうけんめい歌います。君たちもいっしょうけんめい生きてください。
サラリーマンたちに薔薇を
ヘイ、ヘイ、サラリーマンだらけの世の中だぜ
ヘイ、ヘイ、頭をさげて楽しいかい
月に一度の給料日、なじみの居酒屋で
なすのしぎ焼きをたのむのさ
会社のグチはこぼしても
おいしい地酒はこぼしちゃいけない
ヘイ、ヘイ、サラリーマンだらけの世の中だぜ
ヘイ、ヘイ、頭をさげて楽しいかい
おこづかいは女房にもらうのさ
パチンコだって一回二千円まで
特急にのらずに各停でいき
出張旅費を稼ぐのさ
ウォウ、ウォウ、会議室にほんとうの愛はない
ウォウ、ウォウ、会議室にほんとうの愛はない
ラララ、薔薇をあげよう、サラリーマンたちに
ラララ、薔薇をあげよう、サラリーマンたちに
追伸 「なすのしぎ焼き」のあたり、自分でもよくできたと思っています。
夜明けは近い おとうさんより
|