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 文章をちょっとだけ引用するのは、音楽を1曲聴くことになんとなく似ている。ここ数日そんな具合に目にしたいくつかの文章をどこかそのへんにぽつぽつと置いてみて何かを書こう、と決めた。音楽を聴きながら文章を書くような感じで。

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いつもポケットのなかに、赤や緑の毛糸を入れていたものでした。相手がいれば二人でとりましたし、ひとりぽっちのときは、<ひとりあやとり>をしました。(大橋鎭子『すてきなあなたに』五月の章から抜粋)

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 こんな文章を読むと、いつだったか自分のポケットの中におそらく灰色の毛糸が入っていたときの、それを使ってあやとりをしたときの、すこしうつむいた目線で手とひもの具合を見つめていた記憶がぼんやりとおもい浮かぶ。それはなかなかちょっと気持ちのいい感じで、決して悪い感じではない。

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白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける
               (百人一首から。文屋朝康の句。)

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 この句は1000年くらい前の句だけれど、1000年たった今でもその感じが普通にわかる。野原の草にのっかっている露が真珠みたいだなあ、というただそれだけのことを句にしただけで、たんなるふとした感じがこうして1000年たったあとにも残っていて、読むとちゃんとどういう感じかがわかるようになっている。1000年くらい前に文屋朝康という人間がいて、その人間が秋に草の上の露をみたのだということがわかる。

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一つの尺度が他の尺度の前提であり継続であるかのごとくみえるのは、たんなる幻想にすぎない。歴史というのはむしろ、こうした複数の歴史領域から形成された、一つの「不連続集合体」である、という。具体的にいえば、一七八九年はフランス革命が勃発した年であるが、この日付は、たとえばn万年やn千年の歴史的尺度であらわされる事件にたいして何の意味ももってはいないし、何の連続性も有してはいない。同様にしてその逆も真である。(角川書店『本の旅人』2001年10月号所収の山折哲雄『「文明」を考える』から抜粋)

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 この文章は、山折哲雄が、レヴィ・ストロースの考えた歴史観というかそんなようなものを自分の文章の中で説明したもので、n万年の歴史的尺度であらわされる事件、という表現がおもしろい。

 太陽はあと50億年くらいたつと☆としての寿命をまっとうしてなくなってしまうそうで、そうすると地球では人間は生活できなくなってしまうそうだ。

 それでもそれまでには人間の末裔が星間植民のようなことを達成しているかもしれない、という考え方もあるらしい。これまでの人間文明の発展を説明するのにわりとぴったりなn百年という尺度を、n億年という宇宙全体の尺度に無理やり接続しようとする考え方が、星間植民を想像する、という形をとるのかもしれない。

 引用した文章の最後に、同様にしてその逆も真である、と書かれている。n万年という歴史的尺度であらわされる事件が、n百年、n十年などの歴史的尺度のうちに存在する内実に対して意味をなさない、ということだろう。というか、単にケタ違いで巨大すぎて手に負えない、ということかもしれない。私は太陽を動かせたりするわけではないので、太陽とか他の☆は、とりあえず存在してるけども、巨大すぎるから面倒はみれない、という納得の仕方がいいんだろうか。
 でも人間の中にその尺度を混乱させるものがあって、それが科学(とそれへの期待)だという感じがする。さっきの星間植民も多分その類で、n年という尺度の中で生み出されたある達成がn億年へと通じているというか、実際そうなんだけれど、それでn億年のほうにいきなりひっぱられてしまうということが、なんとなく具合の悪い感じがする。それこそあやとりをするときのような、気軽な感じでn億年のことを考えてみるほうがしっくりする。

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きょうも、幾重にも交差した軟らかな曲線が私の景色を占領しています。それらが優しさと柔らかさと、静かに溢れる快楽と賢さとを内包していることを、経験によって知っています。机の角にハエがとまっています。窓からの冬の午後の光が室内に跳ね返りながら棘を無くしたものだから、ハエの陰影を軟らかに掘り込んでいます。
(『現代思想』2001年9月号所収の島尾伸三「聖なる瞬間」から抜粋)

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「幾重にも交差した曲線」の総体とは実は奥さんのことで、この文章で島尾氏は自分の目の前にある景色を淡々と描写しているのだけれど、その身近さと同時に、ある遠さがこの文章にはあって、そう感じるのは光が描かれているせいかも知れないし、もっと全体で表されている遠さのせいなのかも知れないけれど、この文章の感じは、草の上の露をみて何かの感慨を感じて、ああこんな感じ、と言葉で記録したものが1000年たっても古くなっていない、というその在り方に近いような気がする。

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 ここまでの文章の大半を、私は、2001年10月7日に書いた。あいだがあいて、ここから下は、2001年10月31日の夜に書いたものだ。

 短い文章を読むだけでものすごく途方もないことを感じてしまうときは、その文章の表している内容だけに意識が集中しているのではなくて、多分、その言葉を書いた人やその言葉を生んだ状況や現実にまで想像が及んでいるときなんだろうな、とおもう。

 今日、西暦2001年10月31日に、私は、友達の水上さんが1984年7月29日に作った「プリンの作りかたの本」という小さなかわいらしい手作りの絵本をみた。その中に、「赤いおなべに、きみだけいれました。」という文章があった。それがなんだかかわいらしい文章だったので、目の淵に涙がすこしたまってしまった。なにげなくめくっていた本の、なにげなくたどっていた文章の、そのうちのひとつが、私の脳のどこかになにかしら過剰な反応をもたらしたんだろう。おもしろい、とか、感動した、とか、リアリティーがある、とか、普段はそういう表現をしている。
 1984年7月29日に水上さんが、「赤いおなべに、きみだけいれました。」と書いたことは歴史的な事実で、私は、小学校2年生のときの水上さんのぎくしゃくした字をみて、その字の具合についても何かを感じていて、同時に、赤い鍋に卵の黄身だけを入れたときの様子も想像していて、黄身をきみと書くと君の意味かとおもっちゃうなあ、などとおもってもいて、そういうすべてが絵本をみているときにあった。
 
 ところで小説に書かれていることは、ふつう、事実ではない。また、事実をこと細かに書くと、プライバシーの問題に抵触してしまうことがある。今は、プライバシーを侵害してはいけないことになっていて、例えば、私が今朝起きて何を食べたか、というようなことが世界中に報告されたりするようなことはない。けれど、私は今朝、朝食をとったし、そのことは歴史的な事実で、その朝食のメニューが何十年か経った後にすりかえられる、などということはない。過ぎた現実への変更はできない。

 すべての出来事が、時間(いつ)と空間(どこで)を記録されてデータベース化されていたら、日付のある小説のどこかが、なんというか、ひずむ、ような気がする。○○がいつどこで××をした、と書かれていることが、実際には起きていないということがわかっってしまったら、なにか気分が変わる、少なくとも私は。けれど、小説の言葉は、プライバシーと歴史的事実のあいだにあるので、小説のおもしろさがそれで消えるわけではないし、事実を書き連ねるだけで小説になっているものもある。

 大体、実際に起きたことにしかリアリティーを感じられないとしたら、小説を読んで何かを感じることなんてできないだろう。小説を読んで、実際にいそうな人間やありそうな時間や空間のことを考えているとき、いったいどういう状態の中にいるのかがよくわからない。このことが、「赤いおなべに、きみだけいれました。」と言及されている、赤い色の鍋が、実際にあったということと、どこかで関係している。例えば、100年以上前に、フローベールが書いた「ボヴァリー夫人」のはじめのほうに「台所の洗った石畳の上をあるくエマ嬢の小さな木靴」という言葉が書いてある。この文章を、今、読むとき、この木靴が実際に存在したかどうかはほとんど問題にされない。小説とはそういうところに成り立っているものだからだろう。

 まだややこしい問題があって、それは、100年以上もたつと、「私が今日履いていた靴下」という言葉で言及している靴下の存在が、小説の言葉でのそれとほとんど同値になってしまうような気がする、ということで、私は今はもうこれ以上このことを細かく考えられない。

 小説はプライバシーの側から、歴史的事実(のようなもの)を再構成していく。普通は人に知られることのない事柄の集積が小説の世界を作っている。服の色、会話の内容、などなど。人は、知らないことについては想像ということをする。想像は許されている。というよりも、想像不可能なまでにすべてが記録しつくされていても、ひとりの人間がそれを全部知ることは、寿命という点からみても、生活に支障をきたす、という点からみても、無理だろう。すべてを知ることができないのだから、人間には永遠に想像が許されている。

 言葉についての言葉、なんていう言い方がある。それと対置されるのは、現実についての言葉、だろうか。たんなる言葉、といったほうがいいかもしれない。小説は、たんなる言葉であって、言葉についての言葉ではない。言葉についての言葉ではない限りにおいて、それは小説になることができる、という言い換えは可能だろうか。

 1984年7月29日に小学校2年生の水上さんが書いた「赤いおなべに、きみだけいれました。」という言葉は、小説の言葉と、記録の言葉と、歴史的な事実、というような、どこかで絶対につながっている事柄をたくさん考えさせてくれる。それくらいリアリティーがある(といえばいいんだろうか)。そのことは、私が今こうして2001年10月31日の深夜に、1、とか、9、とか、8、とか、4、とかのキーボードのキーを押した、という歴史的な事実を、さらにここにもう一度明記している、ということの不思議さと確かさとも絡み合っている。ここまで書いてきたようなこと全部が、中途半端に投げ出されたようでいて、1000年前、50億年先、あやとりの記憶、光を記しておくこと、2001年10月31日という今と過去、というよ
うな感じで、微妙に、時間や記憶や記録や言葉のことへとつながっていて、それはまだ何も確かな結実をみせてはいないけれど、やがて何かになりそうな気はしていて、だから私はここでとりあえずキーを打つのをやめて、この文章全体をまずその内容の記録として成立させ、そしてさらに、これを2001年の10月7日と31日の夜に書いた、という歴史的な事実をここに記すことで、なんというか、開かれたままにして、文章を終えることができる、ということかもしれない。
 


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