◆◇◆アケビの思い出◆◇◆
神奈川新聞2007年10月22日(月)リレーエッセイ「木もれ日」

 子ども時代、秋は山で遊ぶ季節だった。なぜ、秋だったのか? 夏は半袖半ズボンだから怪我をしやすい。ではなぜ冬ではな かったのか? それはよくわからない。
 鎌倉は歴史で「三方を山に囲まれた地形」と習うとおり山が多く、しかも住宅地から近い。しかも低いので子どもでも入って行きやすい。私たちが遊んだ山は おもに長谷観音の裏山だった。何日もかかって斜面の柔らかい岩を掘って、木の枝と葉っぱを組み合わせて屋根とか壁みたいなものを作って、基地のつもりに なったりするのが中心だったわけだが、たまには収穫物もあった。アケビだ。
 アケビはツルが木の枝に巻きついて伸びていって、枝の先から垂れ下がるようにして生(な)る。だからアケビを取るためには木に登らなくてはならない。木 登りは私ともう一人、一学年上のマーちゃんが得意だった。私は木登りだったら負けたことはなかったが、マーちゃんだけは別格だった。だからアケビを見つけ るとほとんどの場合、マーちゃんが取りに登ることになったのだが、一度だけどうしてもマーちゃんでなく私でなければ取れないことがあった。
 垂直にちかい斜面から木が水平にちかく伸びていて、その木の先にアケビがツルでぶら下がっている。斜面を横から見たら、アケビが宙にぶらぶら浮いている 状態だ。木は細く、マーちゃんが登る、というか幹にしがみついて横這いしていくと重みでしなって折れそうになる。そこで私の出番だ。私は小さくて軽かっ た。しかし木は細く、私が横這いしていっても、真ん中をすぎたら、くわんとしなる。しかし今さら戻れない。しなった木の途中で、私は頭が水平より低くなっ た状態から必死に手を伸ばしてアケビを取った。
 子どもの頃を思い出すと、「あのとき死んでいてもおかしくない」というのが何回かあるが、あのアケビ取りは間違いなく上位にランクされる。――で、アケ ビの味は? マーちゃんは喜んでむしゃむしゃ食べてたけど、私はあんまり好きじゃなかった……。

 

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