◆◇◆空間を浄化する鳴き声◆◇◆
神奈川新聞2008年6月13日(土)リレーエッセイ「木もれ日」

 鶯といえば春を代表する鳥だが、私の家(世田谷)の近所では毎年、五月の連休あたりから鳴きはじめる。「目には青葉、山ほととぎす、初鰹」というくらいで、なんかちょっと時期がおかしいのだが、鶯にもいろいろ都合があるに違いない。が、今年は連休が終わっても聞こえてこない。
 家の近所では毎年確実に木の数が減っているから、「今年はとうとう来ないのかなあ……」と思っていたら、五月の終わりちかくになって鳴き声が聞こえてきた。「ホーホケキョ」という、まさにこの鳴き声だが、ホーホケキョと文字に書くと、いかにも俗っぽくて、全然ありがたみがない。しかし実際に聞こえる鶯の鳴き声は素晴らしく清々【すがすが】しい。
 ホーーー、と長く伸ばし、そこで少し間があく。そのほんの少しのあいだに、こちらの期待が一気に高まり、そこにホケキョッ! と、空間を切り裂くような澄んだ声が響く。結局、言葉ではこんな風に書くしかないからもどかしい。実際の鶯の声は空間をひと鳴きで浄化してしまうほど力強い。しかし、しなやかでやさしい。強さとは硬いことではないのだ。
 しかし、この季節に鶯だろうか? あれはもしかしてホトトギスなんじゃないか? と、疑問が膨らんだところで、以前友達からもらった鳥の鳴き声を集めたCDがあったのを思い出した。探し出して聴いてみたらホトトギスはもっとせわしない。「トッキョキョカキョク」とか「テッペンカケタカ」とか、そんな感じだ。
 次々に鳥の鳴き声が聞こえてくるそのCDをずうっとかけていたら、なんとも深遠な、これはもう全然言葉では伝えられない、高く澄んでいてかすかなのに奥深い鳴き声が聞こえてきた。コガラだという。漢字では「小雀」と書く。解説には「平地で聞くことはまれで、この鳥の声を聞くと山に来た実感がわいてくる」と書いてある。夏の季語だそうだ。生【なま】のコガラの鳴き声を聞いてみたくて仕方ない。

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