毎日新聞 2006年11月19日(日)
読書欄「この人・この3冊 小島信夫」
1) 抱擁家族(講談社文芸文庫)
2) うるわしき日々(講談社文芸文庫)
3) 残光(新潮社)




 まず最初に確認しておきたいのだが、『別れる理由』は小島信夫の代表作ではない。あの小説は十二年半という連載期間の長さなどで、作家としてのイメージ を決定的なものにしたが、「何をおいても読まなければならない作品」ではない。小島信夫は初期から特異な作風ではあるが、それでもまだ全体としては普通 だったわけで、その作家が途方もない「唯一無二な小説家」へと変貌していくための修行か筋トレのような役割を果たしたのが『別れる理由』だった。つまり、 その後に書かれた作品群の方が断然、途方もない。
 しかし、その後に書かれた作品だって、絶版だらけで読めない? それは確かなのだが、それでも『うるわしき日々』と後期作品集『月光・暮坂』と今年出版 された『残光』がある。それプラス、『別れる理由』以前の『抱擁家族』と初期作品集『殉教・微笑』を併せれば、合計五冊、現在入手可能な本がある。
 どの本も最低でも三回は読むに値するから十五冊分に相当する、なんてことはともかく、絶版を復刊させるにはまずは当面入手可能な本を買うところからしか 始まらないのではないか? 今ある本が売れずに残っているのに、絶版を復刊させようなんて出版社は考えない。だから、まずは今読める本を買う。それしかな い。そうして、いつか『私の作家遍歴』『寓話』『漱石を読む』等々、本当の代表作が読める日が来るのをみんなで待とう。
 小島作品の魅力とは何か? 普通の小説が線でしかないのに対して、小島作品は面として展開する。一文一文が異様にリアルな感触で迫ってくる。読者は読み ながら、作品世界から離れて自分自身の過去まで考えてしまう。しかし、じつはそれもまた作品の一部として織り込み済みなのかもしれない。小島作品は底知れ ず深く広く、同時に病的に快活で、読者の生身の現実に向かって開かれている!


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