◆◇◆小説をめぐって(31)◆◇◆
ここにある小説の希望(編)
「新潮」2007年5月号


 この連載の第二期(『小説の誕生』第5章)で私は自分のパソコンが壊れた話を書いた。私もこのクレーマーと似たような状況に陥ったわけで、ここを読んで いると嫌な気持ちがよみがえってくるのだが、それはともかく、クレーマー当人であった私はひじょうに甘いことを書いてしまったと思う(といっても、作者岡 田利規もまたクレーマー当人を経験したかどうかはわからないのだが)。
 ブログを書いているarmyofmeさんの電話対応はすべてモニタリング=監視されているのだが、監視しているリーダーたちも、「コールセンターの経験 を一年以上積んだオペレーターの中から選ばれているだけのフリーターであって、別に正社員ではない」。
 自分の話を書いたとき、私はつい――しかし、この「つい」は致命的だ――クレーマー対オペレーターの一対一の構図を書いてしまったのだが、この小説は徹 底的に多対多の構図になっていて、意志らしきものはどこにもない。
 確かにクレーマーは自分の気持ちを訴えつづけてはいるが、それがオペレーターたちにとっては大勢の一人であることを十分に自覚しているし、「あなたの本 心を聞かせてくださいよ」と泣き落としみたいに言われて、つい言ってしまった「いえ、そんなことはないです」というarmyofmeさんの言葉にしても、 状況に誘導されただけで意志≠ニ呼べるほどのものではない。
 多くの読者はすでに「カフカ的だなあ」と感じているだろう。私はカフカのカフカたる所以は責任や意志決定の所在がどこにあるかわからない(または、どこ にもないのかもしれない)機構をいくつかの論理の組み合わせによって作り出したことであって機構それ自体の方ではなく、機構それ自体の方はカフカでなくい わゆる「カフカ的」ということだと思っているが、この部分はカフカ的な中でも最も良質なものであり、
 「『城』では城にたどり着けない人間がKひとりだから、ある意味、こっちの方がすごいな。」
と思ったあとで、
 「もしかしたら城にたどり着けないでいる人間はKひとりじゃないのかもしれない。」
 と考えが変わって、『城』像がぐらついた。というか、『城』の方もいっそう魅力を増した。
 それにはフリーターという存在が重要な役割を演じている。フリーターは機構を変えようという意志を持つことが許されない。意志を持つことが許されないの にもかかわらず、電話による対応という限定された場面であるとはいえ、全面的な責任を負わされ、「いまお客様にお答え申し上げている私の言葉が、弊社とし ての公式の答えとご理解ください」ということになる(少なくとも私はそう言われた)。しかし機構の変更が視野に入っていない、社としての公式の答えなどあ りえない。
 などと、この話になると私はまたまた興奮してしまいそうだが、とにかく、岡田利規の小説は二つとも、どっぷり現在に浸っている中で容赦ないことが書かれ ている。

 という中身はここまでにして、ここの長い引用を読んで、読者は「もしも今……たら、」ではじまっているこの引用文の構造はどうなっているのか?「もし も」ではじまってるんだから、どこかに「だろう」とかそういう仮定を受ける言葉が来るはずじゃないか? 引用の省略箇所にそれがあったのか? というよう なことが気にかかっているのであないかと思うが、「だろう」は書かれていない。引用の最後でわかるように、「もしも」ではじまったものがブログの長い長い 文章が終わったときには、現実の動作となっている。ついでに言えば、引用を読みながら、これ、ブログなの?「わたし」が書いてるんじゃないの? という疑 問も途中何度も湧いてきたのではないか。
 最後のブロックの「書き終えてアップしても、それでわたしの内蔵の、締め付けられているような感じが消えていくわけでは、別になかった。」というセンテ ンスからあとの部分は、ブログの中の文章ではなくて、ブログを書いたarmyofmeさんの気持ちなんじゃないの? とも思っただろう。もしかしたら、 armyofmeさんとは「わたし」のことなんじゃないの? と思った人もいるかもしれない。
 が、それらの疑問にいま答えるより、他の箇所を読んでもらう方が伝わるものがたくさんある。(引用を飛ばして私の本文を読んだりしないで、しっかり引用 文を読んでください。できるなら二度か三度。)

 (a)わたしの油脂が、わたしの体の、特に顔の表面に、夜からこの朝までの時間をかけて、ゆっくり浮かびあがってきていて、わたしは指の腹で鼻の上をな ぞっていって、顎の下まで降りていって、そうやってうんざりしながら、でも、わたしはしばらくずっと、そこに触れ続けていた。
 夫は、飯田橋のJRの役のすぐ脇にあるベッカーズの二階の、禁煙エリアのカウンターの左端の、壁のすぐそばの席でコーヒーを飲み終わって、今は突っ伏し た姿勢で、次のバイトまでの空き時間なので、仮眠をとっているところだった。わたしが送ったメールが夫の携帯を短く振動させたことに、だから夫は、このと きリアルタイムでは気付かなかった。(同93〜94ページ)
 (b)(ある晩二人が言い争いをしたあとのこと)わたしがひとしきり落ち着くと、夫はとても静かな気配で部屋を出た。それは、あまりに静かすぎたり俯き すぎたりして、かえって卑屈なしかたで怒りが表明されている、という様子でさえもなかった。靴さえも、音を立てないようにして履いていた。それから夫は、 そこからいちばん近いコンビニまで歩いた。
 坂を下りきらなくても、大通りに出る少し手前にもコンビニはあった。
 反対に坂をのぼっていっても、お店のようなものは何もなかった。上がって行くとすぐのところに郵便ポストがあった。
 坂道は、はじめの勾配がゆるやかなあいだは、ほぼ直線にのびていた。途中で一度、短いトンネルがあった。トンネルを出てすぐのところから、次第に急な傾 斜になっていって、少しずつ蛇行するようになってきて、途中から階段になった。
 路面の塗装は、坂道のあいだはアスファルトで、階段が始まってからはコンクリートになった。コンクリートは白みが強いので、昼間それを見ると、汚かっ た。アスファルトはアスファルトの、コンクリートはコンクリートの匂いが、それぞれした。(同132〜133ページ)

 引用(a)で注目してほしいのは後半の「夫は、」以下の部分だ。この小説から離れて「夫は、」以下だけを抜き出したとしたら、この文章は少しもおかしく ない。その抜き書きが「彼女の夫は」とか「彼は」となっていたら、さらに全然おかしくない。
 引用(b)ではそれがいっそうはっきりする。「坂を下りきらなくても、」以下が、
「坂を下り切らなくても、大通りに出る少し手前にもコンビニはある。
 反対に坂をのぼっていっても、お店のようなものは何もない。上がって行くとすぐのところに郵便ポストがある。」
 と、現在形で書かれていたらおかしいとは感じない。あるいはこれが三人称小説で、
 「彼女がひとしきり落ち着くと、彼はとても静かな気配で部屋を出た。」
 だったら、「坂を下りきらなくても、」以下が過去形で書かれていることにおかしさは感じない。あるいは、「坂を下りきらなくても、」以下が夫でなく「わ たし」の行動だったとしてもやっぱり過去形でおかしくない。
 「だから「わたしの場所の複数」なのね。」
 と、ここで表題の解釈をしてみても何の意味もない。
 大事なことは、こういう書き方をしても小説として――おかしな感じによるある効果を出しつつ――成立しているということであり、もっと大事なことはふつ う小説ではこういう書き方をしないことになっているということだ。
 小説は読者の興味をかきたてたり、それを持続させたりして最後まで読まれることを必要とする読み物だから、効果ということをまるっきり無視することはで きないけれど、この小説の射程はそんなことよりもっとずっと遠いところまで伸びている。
 小説を書いているとき作者は原稿用紙やパソコンに向かって書いているだけで、作中の「わたし」が何か行動していても作者がそれをしているわけではない。
 「前夜カーテンを閉め忘れて寝たから朝陽が顔にもろに当たりつづけて私は眠っていられなかった。」
 と書く作者が眠っていたわけではないのは言うまでもない。ということは、「私」とは作者その人のことではない。
 小説が芝居より古くはないことは誰でも知っているが、小説の遠い起源となったであろうホメロスの『イリアス』とか『古事記』とかの語りの文学と芝居の どっちが古いかは私にはもう見当がつかない。語りの文学はたぶんどれも三人称の語りだが、そのまた起源とか、人が何か経験を語りたいという原初的な気持ち から語られたものが一人称でなかったかどうかも全然見当がつかない。
 一人称の語りで納得がいきやすいのは日記と手紙だが、小説となるためには三人称の物語からも芝居からも影響を受けているだろう。
 小説が文学史などで俯瞰するようなものとしてでなく、内的な変遷として、どのような変遷を辿っていまのような形になったか私には全然わからないが、とに かくいまでは小説はある標準的な形を持っていて、一人称小説だったらこういう風な書き方をして、三人称小説だったらこういう風な書き方をする、ということ に落ち着いている。
 引用(b)で、「わたし」の視界の外に消えた夫の行動として、「坂を下りきらなくても、大通りに出る少し手前にもコンビニはあった」と書くのは、一人称 小説としてはおかしいけれど、三人称小説だったらおかしくはない。しかし、それを書く作者にしてみれば、この情景を思い描きながら書いているときに、一人 称小説と三人称小説ではっきりと違った演算を頭の中でしているわけではない。
 あるいは、「坂を…………コンビニはあった」は夫の特定の行動(による存在の確認)だからおかしいわけで、「坂を下りきらなくても、大通りに出る少し前 にもコンビニはある」と書けば、恒常的な事実となり、「わたし」の視界の中になくても「わたし」が知っていて不都合はないことになるが、その二つの違いも 小説を書く作者の頭の中ではっきり違った演算がなされた結果ではない(なんだかこの説明はひどくわかりにくいが)。
 素材というのか、原材料というのか、とにかく作者の頭の中には記憶によるものがあって、それは映像と言葉の混合によってできていて、作者は小説の形に見 合うようにそれを加工して、「私は……した」「彼は……だった」「そこに……があった」「そこに……はない」などと書いていく。
 いま書いたばかりの「坂を…………コンビニはあった」についての私の考察もけっこうそれと似たことで、私の頭の中ではここで二通りに書いた考察と別のあ り方をしているのだが、読者に伝えようとして加工したためにわかりにくくなってしまったような気がしないでもない。
 ふつう、書くことは頭の中にあることを整理することだと言われているけれど、整理しようとすることで別のものになってしまうことだってある。
 小説ではふつう本筋として書きたい事件とか登場人物の心の変化があって、無用な混乱を避けるために、一人称称小説でも三人称小説でも、私の行動、Aさん の行動、Aさんが見たこと、私に見えなかったこと、Aさんが感じたこと、Aさんの感じていることがBさんにはわからなかったということ……etc.という 風に仕分けして書いていくことになっているけれど、もともとそれらはすべて作者一人の頭の中で想像されたことだ。
 混乱を避けるために仕分けする容れ物としての人間は、世間一般でなんとなくそういうものだろうとされているサイズであって、たいてい主な人物はそのサイ ズから何方向かではみ出しているが他の人物は標準的サイズの中におさまるか少し下回る。しかし繰り返しになるが、それらの人物はすべて一人の作者の頭の中 で想像されたものであり、そうであるということは一人の人間の中にはそれぐらいの人間のバリエーションが生棲可能だということではないか。

 私たちは物事の動きをなくして静的な図式にするのはわりと得意で、それが得意である理由が生得的なものなのか後天的な学習の結果なのかはわからないが、 とにかくわりと得意で、たとえば意識・前意識・無意識の三つをわかろうとして、

    意識・前意識・無意識の図(省略)

こんな図式なら簡単に描いてしまうが、『自我とエス』という後記の論文の中でフロイトは

    意識・前意識と自我・エスの図(省略)

こんなわかりにくい図(絵?)を描いて、こういう説明をしている。

われわれにとっては個人とは、一つの心的なエス、未知で無意識的なものである。自我はその表面にのっているのであり、自我からその核として知覚(W)シス テムが形成される。これは図解すると次のようになる。自我はエスの全体を覆うものではなく、胚芽が卵の上にのっているように、知覚(W)システムが自我の 上にのっている範囲に限って、自我はエスを覆っているのである。自我とエスの間に明瞭な境界はなく、自我は下の方でエスと合流している。
 しかし抑圧されたものもエスと合流するのであり、その一部を構成するにすぎない。抑圧されたものは、抑圧抵抗によって自我と明瞭に区別されるのであり、 抑圧されたものはエスを通じて自我と連絡することができる。(フロイト『自我とエス』中山元訳、ちくま学芸文庫『自我論集』所収)
 この論文で読んだのか他の論文だったか忘れてしまったが、「自我はエスのご機嫌をとっている」という言い方をたしかフロイトはしていて、とにかくフロイ トは静的な図を描きたいわけではなく、そこで起こる動的なことを伝えようとしている。図というのは自分の実感から生まれたものを極力忠実に描こうとすると 言葉以上に難解になることがふつうで、専門がたしか理論生物学となっている郡司ペギオ幸夫が論文の中で描いている図なんか私には説明になっているとは全然 思えない。
 そんなことはともかく、自我というのは、こういう領域であってこういう線が引けるというような静的で固定したものではないということだ。
 エスとはだいたい無意識的なものと重なり、無意識というのは衝動と言語の貯蔵庫のようなものらしいというのが私の理解なのだが、衝動と言語であるなら個 人という線引きはできないことになる。私は私の考えがどこからやってくるのか自覚できないが、私の考えだと思っているもののほとんど(もしかしたら全部) は、どこかで読んだり聞いたりした考えだ。
 自我というのは誰かに憧れたり誰かを真似たりすることで形成されてきたのだから、そこでも個人という線引きはあんまりできない。

 というようなフロイトを読みかじった生半可な知識や、それ以外の場を通じて自我を相対化するために考えてきたことが、岡田利規の二つの小説から引用し た、『三月の5日間』の冒頭部も含むすべての箇所によって、生気を吹き込まれる感じが私はする。
 ふつうイメージされている自我つまり私とは、意識というようなある閉じた領域を想定して、その中で時間による変化を経て醸成された何かというものだ。虐 待された幼児期でも何不自由ない子ども時代でも、格好いい大人に対する憧れでも、初恋とその後の失恋でも、それら私という個人の中で経験された出来事群の 複雑な因果関係の堆積としていまの私がある。――というこの自我観は小説の仕組みととてもよく似ている。
 自我観がそういうものだからそれに見合った小説が生まれたのか? それとも、もともとの自我観はこれほど因果関係の塊ではなかったのに小説が登場したた めに、ごりごり因果関係の方向に自我観が固まってしまったのか?
 この連載を通じて「因果関係」ということ画を何十回書いたか見当がつかないけれど、一つか二つかせいぜい数個の入力に対して一つの結果が出てくるという ふつうにイメージされる直線的な因果関係の思考法が、私には思考の省略か怠慢としか感じられないのだ。
 過去の経験から現在の自分を語る語り方は、現在の自分の説明として便利な過去をピックアップしているだけだ。殺人でも自殺でも、そこに至るプロセスを小 説的に丁寧に積み上げていけばいかにも必然的に逃れようがないものと映るけれど、最後の決定的なアクションの寸前に大爆発がその人を襲えば全部吹っ飛ぶよ うなものなのではないか。
 「思考の省略か怠慢」と書いたが、それは言葉を換えれば、出来事の美学化ないしドラマ化のことであって、どれだけ悲惨な状況であっても因果関係によって 逃れられないという思いが生まれれば本人には救いとなる。カタルシスということで、小説家はそれを使って自我や自我の内部のドラマを作り出す。

 自我も私が私のものと思っている意識も、複雑に展開しつづける運動群が一時的に収束した状態にすぎないのではないか。
 水面にキラキラ反射する光に心を奪われたりしているときには自我なんか関係ない。それが何かと名前をつけることなんか問題ではなくて、そのような状態に 自分が確かになったことだけを覚えていればいい。
 自我という砦はひじょうに強固だから(しかしそんなことは幻想かもしれないのだが)、いろいろな攻め方を試みつづけなければならない。その試みのひとつ がこの二つの小説に書かれている書き方だと私は思う。ここにある書き方は、自我を構成するというのか、自我に至るというのか、自我の基盤というのか、とに かく個人の中に起こることを自我という一方的に定着させるための道具として機能しているセンテンスを空間的時間的に拡張させて――あるいは異物を紛れ込ま せて――、自我でない別のところに連れて行こうとしている。

 小説には必ず結末があり、結末はそこに至るすべての中身を一つの意味に収束させる働きをしてしまいがちなので、こういう小説には結末は必要ないのではな いか。かりに作者自身がある意図によって結末を書いたとしても、小説の全体はそういう意図をこえている。『わたしの場所の複数』とか『わたしたちに許され た特別な時間の終わり』という表題もそうで、意図や意味を語るようなこういう表題を見ると、クラシックの曲名が多くの場合、「交響曲第何番」「ピアノ協奏 曲第何番」「弦楽四重奏曲第何番」という風に、形式や楽器構成しか伝えないことの必然性がよくわかる。
 ところで、『わたしの場所の複数』には以下に引用するような、「わたし」の動きを書くところが何回も出てくる。
 わたしは、このとき、それまでで一番大きく体を動かした。頭の位置と足の位置とを反転させたのだった。それは、頭の近辺のシーツが、どこももうすっかり じっとりとしてしまっているように感じられたので、ひんやりしている場所が足元のほうにはまだ残されているかもしれないと思ったからだった。上体を下半身 のほうに寄せて、くの字のようになってから、下半身を再び上体から離す、という感じのことを時計回りにずるずると四、五回やってたどり着いたあたりの布 は、思った通りにひんやりしていた。

 そろそろ起きあがってみようとわたしは思った。このまま横になっているよりもそのほうが体がむしろ楽なような気が、ふいにしたのだった。わたしは、いっ たん仰向けになって、そのまま腰から下を持ち上げて、曲げた膝を顔に近づけた。それから、腰を手で支えて、膝を伸ばし、足を垂直に真上に伸ばした。天井を 背景に、わたしの足をわたしは見た。でも、その姿勢はとても疲れて、十秒も持たなかったので、すぐにやめて、体をまた真横に、わたしは戻した。

 二つ目の引用につづいて、夫のこともこういう風に書かれる。

 夫の右耳から垂れたイヤホンコードと、左耳から垂れてきたコードとが合わさる箇所が、カウンターの板の上にむき出しのまま投げ出されている夫の右肘の、 その尖った部分と触れていた。夫の右肘は、かなりしっかりと、直角に近い鋭角に折り曲げられていた。肘の尖端部は、いくつもの小さな、くすんだ赤や紫の、 昔ついた痣が残って、染みのようになって汚れていた。イヤホンコードは肘に触れたあと、すぐカウンターの面に当たり、そこからは右手前のほうに流れ、その ままカウンターの縁からはみだして下降し、夫のカーキのパンツの、大腿部についたルーズなポケットの中へ入っていった。彼女の、夫のことを見る興味は、そ こでやっと、そして突然、行き止まりになった。夫はそのときは、なにを聞いていたのだろうか? コードをつたって音はさっきからずっと夫の耳まで汲み上げ られ続けていた。

 これが私にはダンスの振付のように感じられた。夫のイヤホンコードの段落では、読みながら私の中の想像された視線がここに書いているとおりに辿る架空の 運動をしているような感じがした。この引用部につづいて、店の外や店の中の光景が展開する。そこはもう小説を読んでもらうしかない。こういうことは小説を 読む純粋な喜びだと実感する。
 そういう光景を読めれば、もうこれ以上何もいらないじゃないかと思う。
                    (つづく)



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