◆◇◆二十歳にしてパワーアップ◆◇◆
「ねこ新聞」2007年11月号



 今年の四月に二十歳になったペチャのことを書こうと思う。
 一九八七年四月十九日、ペチャは生まれたばかりの臍の緒のあとも生々しい状態でマンションの植え込みに捨てられていた。言ってみればどこにでもいる和猫 の雑種のオスだが、茶とこげ茶の縞が顔の上半分と体の背中側に入っていて、その他の白い部分との面積の比率がじつにいい。歩く姿を上から見ると、首のとこ ろで柄がくびれていて前足は白。後ろ足もほぼ白で、江戸っ子の職人の腹掛けを連想させて、なんともいなせ【いなせに傍点】だ。
 実際ペチャはその外見に恥じず、ものすごく活発でとりわけ上下の動きが得意で、生後二ヵ月くらいの頃にはすでに家の中でペチャが上ったことがない場所は ひとつもないくらいだった。が、反面とても敏感で線が細く、猫が飼えるマンションに七月末に引っ越すために、古くなったソファを処分したら、その晩、急に ふさぎこんでしまった。ソファの背もたれの約十センチの幅の平らなところがペチャの定位置だったのだ。
 それからもペチャはいろいろなことでふさぎこんだ。引っ越した先で秋になってお祭りがあり、部屋の前をピーヒャラドンドンお御輿が通ったときも、その音 に怯えたせいで二日間ぐらい何も食べなくなった。一番ひどかったのは九一年四月。三年半毎日のように遊んでもらっていた隣のお兄ちゃん猫のポンちゃんが 引っ越してしまったあと、ペチャは毎日隣のドアの前で「アーン」と心細い声でポンちゃんを呼んで、三十分も一時間も動かなかった。仕方なく私たちが抱きか かえて部屋に入れるのだが、そうすると今度は押し入れの上の段の一番奥に隠れてしまう。夏になってポンちゃんがいないという現実をようやく受け入れたペ チャは、朝ご飯を食べるとすぐにもう押し入れに隠れてしまう。それがまるまるひと夏つづいた。二歳半年下のジジを恋人のようにかわいがっていたが、その時 期だけはジジのことも眼中になかった。
 ペチャは病気もいろいろした。最初のお正月明けに猫ジステンパー。ポンちゃんがいなくなったあとには、元気がなくなって動かなかったために尿道結石。こ れは初夏と真夏の二回なり、尿道結石の心配はそれから何年もついてまわった。十歳を過ぎた頃からはひどい便秘で排便のたびに苦しむようになった。それから 九九年、十二歳の秋には肛門の横に直径三センチぐらいの穴が開いた。肛門腺というのが詰まって破れたのだ。それが直接の原因か、そのときに飲む抗生物質が 原因か、これになると十日くらいはもともと細い食欲がいっそう落ちて痩せてしまう。肛門腺は次の年も詰まって破れた。そして食欲も落ちた。
 そんなこんなで、ペチャはもろくて繊細なガラス細工みたいな猫だった。
 が、どういうわけか、ここ一年ぐらいペチャはぐんぐんパワーアップしている。これまでずうっとご飯はジジに食べられる一方だったのが、逆にジジの皿に顔 を突っ込んでジジの上前をはねる。お客さんが来ても平然と寝ている。このあいだなんかは取材の撮影のために私に抱かれたのに、そのあいだずうっと眠ってい た。
 呆けた? いやいや、ものに動ぜずマイペースになったのだ。一時期よく踏み外したテーブルからカウンター(ここにご飯の皿がある)までのジャンプも、最 近足腰がしっかりして失敗がない。乳酸菌の錠剤を飲ませるようになってから便秘も解消した。人間と一緒で猫も長生きするといろいろな変化があるものだと思 う。ただし、ジジの方は十八歳になってもまったく性格が変わらないけど。ジジは圧倒的に気が強く、誰にも何にも妥協しない。
 性格が逞しくなったのはともかくとして、小さい頃から病気が多ったためにかかりつけの獣医さんができたのがよかったのだと思う。獣医さんに言われて腎臓 サポート食も早くから食べていたから、老猫の死因の大半を占める腎不全にならずにきているし、世の中、何が幸いするかわからないものだ。
 

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