◆◇◆猫が日の出前に起こす◆◇◆
神奈川新聞2009年1月24日(土)リレーエッセイ「木もれ日」



 今年四月で22歳になるうちのペチャ(オス)は、最近毎朝夜明け前に「腹へったーーっ!」と私を起こす。若い頃、誰もがメス猫と間違うほど繊細な顔で、 声も美声だったとは思えない、「ギャー!ギャー!」すさまじい絶叫で、どんなに眠くても起きないわけにはいかない。もっとも顔は今でも美形だけど。
 起こされる時間は、早いと五時。遅くとも六時半。今年の元旦は遅い方のパターンで、ペチャほか二匹の猫に餌を出し、普段は点けないテレビを点けたら、初 日の出の中継の真っ最中。「そうか。今なら初日の出が見られるわけだ」と思って三階に上がったら、タイミングぴったりだった。
 それ以来、ペチャに起こされる時間が遅いパターンだと私は日の出を見る。家が建っている土地は周辺で一番高く、三階に上がると少し離れた五、六階建ての ビルと同じくらいの高さなのだ。
 前日の天気予報で晴れると言ってたのに、すっかり明るくなった日の出前の空は乳白色で、花曇りの空のようだ。しかし空に雲はない。「雲ひとつない乳白色 の空」変な言い方だが、それが日の出直前の空だ。鳥がさかんに飛んでゆく。空はしばらくは少し藍が入った乳白色のままで、太陽の光はまだまだ見えない。 が、家並みならぬビル並みの向こうが赤味を帯びている。
 そのうちに、日が昇るあたりの照度が増してくる。と、思いがけない所がピカーッ!と光を発する。家からはまず右80度くらいの所がピカーッ!と光る。本 物の太陽より先に建物の金属かガラスに反射した光が見えるのだ。これはすごく赤い。それが二つ、三つと増えてゆく。
 ついに太陽が姿を現わす。ちょっと姿を現わしただけでも太陽の光は強く、直視できず、輪郭が燃えるように滲む。私は太陽を崇拝した古代人の気持ちにな る。真横から指す太陽の光で空間が黄金に染まる(ちょっと大袈裟か?)。
 そんなことに感心しているうちに、乳白色だった空はすっかり青に変わっている。そして、私はもう一度眠る。
 

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