◆◇◆楽園で働く現代◆◇◆
神奈川新聞2008年8月10日(土)リレーエッセイ「木もれ日」



 暑い。暑すぎる。仕事が何もできない。この原稿を書くのも仕事のひとつで、私はいままさに仕事をしているわけだが、これはいったい何日ぶりの仕事だろ う。
 こんなに暑い中、毎日仕事をしている人達がいる。というか、ふつうの人達はみんな毎日仕事している。大変なことだ。体に悪い。特にここ数年の暑さがひど く、それなのに企業の働かせ方は「暑いから」という理由で楽にしてくれるわけではなく、一貫して厳しく人を働かせている。人権問題だと思う。
 私が子どもだった一九六〇年代、子どもの本には未来社会の想像図がよく掲載されていた。労働はロボットがしてくれて、人間はプールサイドのリクライニン グ・チェアで横になっている。つまり楽園だ。
 楽園の風景といえば昔から常夏と相場が決まっていたが、未来社会の想像図で“常夏”だけは確実に実現しつつある。つまり地球温暖化ということだが、実現 したのはそれだけで、交通も通信も便利になればなるほど労働は楽にならず大変になるのはどういうわけだ? というか、きっと歴史を通じて、人類はいつも便 利な道具を開発しては、「これで楽になる」と喧伝【けんでん】して、その実、楽になるのは一部の人間だけで、その他大勢は大変になっていたのだ。
 大航海時代、アフリカ・東南アジア・中南米に行ったヨーロッパ人達は、現地でみんなが働かずに楽しそうにしているのを見て、「楽園だ」と思ったに違いな い。そして次に、「畜生! 俺達の生活は大変で、資源を求めて命懸けで外洋にまで乗り出したのに、こいつらはこんなにのうのうとしてやがる。こいつらも働 かせてやる」と言って、植民地にしたに違いない。地球全体に労働という病いを蔓延させたのはヨーロッパ人だ。EUがいまさら、「温暖化ストップ」と言っ たって、私には偽善としか聞こえない。温暖化は労働をストップさせなければ解決できるわけないのだ。

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